2025年01月27日( 月 )

汎用AI出現前夜に私たちは何をなすべきか~AIが人間の知性を超えるのは早くて5年か~(前)

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駒澤大学経済学部
准教授 井上智洋 氏

 昨年、4人のAI研究者がノーベル賞を受賞した。ノーベル賞にはコンピュータサイエンスに関する賞がなく、2人は化学賞を受賞し、残りの2人は物理学賞を受賞している。少々強引のようにも思うが、それだけAIが世の中に与える影響の大きさを見逃せなかったのだろう。

ジェフリー・ヒントン氏 ASI出現予測を前倒し

駒澤大学経済学部准教授 井上智洋 氏
駒澤大学経済学部
准教授 井上智洋 氏

 物理学賞受賞者の1人は、ジェフリー・ヒントン氏である。ヒントン氏は、現在の多くのAI技術の基礎を成している「ディープラーニング」の生みの親で、AI界の「ゴッドファーザー」と呼ばれている。

 そのヒントン氏は、ノーベル賞受賞後のインタビューで、AIが人間の知性を超えて人間を支配するようになるまで、早くてあと5年、遅くてあと20年と述べている。こうした人間の知性を超えたAIを「人工超知能」(Artificial Super Intelligence, ASI)という。

 この手の予測が成されるとそのまんま鵜呑みにする人が出てくるが、参考程度に留めるべきだ。それでも、最も尊敬を集めているAI研究者が、「早くてあと5年」と言い始めたことの意味は大きい。というのも、いまだに日本のAI研究者の重鎮の言葉を借りて、「AIが人間の知性を超えることなんてあり得ない」と主張する人は少なくないからだ。世界的なAIの権威であるヒントン氏が近未来にあり得ると言っている以上、権威主義的にあり得ないと主張しても、もはや説得力がないだろう。

 ヒントン氏がAIの進歩に関する予測を前倒しにしていることにも注目すべきだ。2023年には、20年以内に「汎用人工知能」(汎用AI、Artificial General Intelligence、AGI)が出現すると予測していた。汎用AIは、人間並みにさまざまなタスクをこなすことのできるAIであり、人工超知能は汎用AIの先にあるものだ。従って、人工超知能の出現まで5~20年後というのは、予測をかなり前倒しにしたということになる。

AIの進歩に関する認識には
日米間でかなり温度差がある

 私は、16年に出版した『人工知能と経済の未来』(文藝春秋)という著書で、汎用AIの出現を30年ごろと述べていたが、23年に出版した『AI失業』(SBクリエイティブ)という著書では、30年までに出現すると述べている。私も予測を前倒しにしているのである。

 ただし、私は汎用AIを「ホワイトカラーの労働者がパソコンでできる多くの作業をこなせるAI」と定義づけている。そうした汎用AIの出現によって、ホワイトカラーの雇用が著しく減少する可能性があるというわけだ。

 近未来に人工超知能が出現して人間を支配するようになるとまでは言っていないので、ヒントン氏に比べれば私の予測は控えめである。それでも、「汎用AIなんてできるわけがない」とか「AIが人の仕事を奪うなんてことはあり得ない」などと、いまだに批判を浴びることが多い。

 なぜ、そういう批判が多いのだろうか?1つには、AIの驚異的な進歩が日本では理解されていないことが挙げられる。もちろん、アメリカにも多様な意見があるが、著名なAI企業のトップは軒並み汎用AIが近々出現すると考えている。

 ChatGPTを提供しているOpenAI社のCEOサム・アルトマン氏は、近未来に汎用AIが出現していると述べている。それに対抗する生成AI「Gemini」を提供しているGoogle Deep Mind社のCEOデミス・ハサビス氏は、33年までに汎用AIが出現していると述べている。同様に、テスラ社のCEOイーロン・マスク氏は29年までにと予測している。

 それに対して、日本で汎用AIの到来について公言している著名人は、ソフトバンク・グループ会長・孫正義氏くらいだ。この点は、日本経済・社会にとって致命的である。というのも、私たちは汎用AIの出現を見越して、ビジネスを展開したり、社会を構想したり、制度を整えたりしなければならないからだ。みんながそういう取り組みをする必要はないが、日本にはそういう人材があまりにも少な過ぎるのである。

デジタル赤字は汎用AI出現でますます膨張する

 そもそも、OpenAI社もDeep Mind社も、汎用AIの実現を理念に掲げた企業であるが、日本にはそういう企業はほとんど存在しない。このことは、やがて日本に膨大な「デジタル赤字」をもたらすことになる。デジタル赤字は、「貿易赤字」と同種の概念であり、日本から輸出されるデジタル財・サービスよりも日本が輸入するデジタル財・サービスが多い状態である。

 日本は海外企業に対して、ソフトウェアやクラウドサービス、インターネット広告などでの支払いが生じており、23年には約5.5兆円ものデジタル赤字を計上している。今後は、ChatGPTなどのAIへの課金が増大することにより、デジタル赤字がますます膨らんでいくことになる。

 OpenAI社のChatGPT やDeep Mind社のGeminiはすでに、文章の作成やリサーチ、翻訳、データ分析など、さまざまなタスクをこなすことができる。もはやこうした生成AIは、汎用AIの原初的なモデルといってもいい。現在の生成AIが今後進歩していくことで、いつかは汎用AIが実現するというわけである。

 もし、ChatGPTが汎用AIへと発展を遂げたならば、それを活用する人は100人や1,000人の優秀な部下を従えているのと同じパワーを有するようになる。汎用AIを使う人とそうでない人では、機関銃と弓矢で戦っているかのような差が生じるのである。従って、汎用AIの利用料が高くても、使わざるを得なくなるであろう。企業はたとえ、50人分の給料に匹敵する利用料であったとしても、安上がりだと考えるようになるのである。

 そうした未来に、汎用AIを提供する企業が日本に存在しなかったならば、日本人と日本企業は海外の企業に膨大な支払いをしなければならなくなり、デジタル赤字が格段に膨らんでいくことになる。

 デジタル赤字の膨張を止めるにはどうしたら良いだろうか?今から、日本の企業や研究施設が、OpenAI社やDeep Mind社に匹敵するような汎用AIに関する研究成果を挙げるのは絶対不可能とまでは思われないが、相当困難だと言わざるを得ない。

 日本でも、汎用AI実現のチャレンジは続けるべきだが、それとともに、汎用AIの出現にともなって生じるさまざまなビジネスに取り組んでいく必要がある。先ほど述べたように、汎用AIの原初的なモデルはもう出現しているのだから、今からそうした取り組みを始めても決して早くはない。

 具体的に、汎用AIはどのように活用され、どのようなビジネスを生み出すのだろうか?こうした議論を深めるためには、「AIアシスタント」「AIエージェント」「デジタルクローン」「ヴァーチャルヒューマン」という4つの概念について理解する必要がある。

(つづく)


<プロフィール>
井上智洋
(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。同大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、17年より同准教授。専門はマクロ経済学。とくに、経済成長理論、貨幣経済理論について研究している。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることも多い。著書に『人工知能と経済の未来』『人工知能とメタバースの未来』(文芸春秋)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞社)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞社)、『MMT』(講談社)、『「現金給付」の経済学』(NHK出版)、『AI失業』(SBクリエイティブ)などがある。

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