2025年01月28日( 火 )

汎用AI出現前夜に私たちは何をなすべきか~AIが人間の知性を超えるのは早くて5年か~(後)

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駒澤大学経済学部
准教授 井上智洋 氏

 昨年、4人のAI研究者がノーベル賞を受賞した。ノーベル賞にはコンピュータサイエンスに関する賞がなく、2人は化学賞を受賞し、残りの2人は物理学賞を受賞している。少々強引のようにも思うが、それだけAIが世の中に与える影響の大きさを見逃せなかったのだろう。

AIアシスタント

AI イメージ    まず、今の生成AIが「AIアシスタント」としての役割をはたすようになってきたことに注目すべきだ。これは文字通り、人の手助けをしてくれるAIである。

 ChatGPTは、私たちのさまざまな質問に答えてくれたり、指示したタスクをこなしてくれたりする。そういう意味で、AIアシスタントの代表例として位置づけられる。

 こうしたAIアシスタントは、汎用AIが組み込まれることによって、仕事の現場では不満を言わずに何でもやってくれる「スーパー有能な部下」として、教育現場では何でも丁寧に教えてくれる「スーパー家庭教師」として、生活の場では何でも丁寧に相談に乗ってくれる「スーパーコンシェルジュ」として、振る舞うようになるだろう。

AIエージェント

 AIアシスタントは、あくまでもユーザーのリクエストに対して応答するAIであって、目標達成のために自律的に動作しているわけではない。自律性をもったAIの方は、「AIエージェント」と呼ばれている。

 株式などの取引を自動で行う「トレーディング・ロボット」やサンフランシスコや北京で実用化されている「無人タクシー」は、ユーザーのリクエストなしに、自律的に取引したり走行したりするので、AIエージェントの例として挙げられる。

 AIエージェントに汎用AIが組み込まれた場合には、有能なAI社員として働くことができるようになるだろう。オンラインで営業したり、デジタルコンテンツやウェブアプリケーション、スマホアプリなどの企画・制作を行ったりできるようになるのである。

 スマホアプリであれば、人間が「こういうアプリをつくってくれ」とリクエストして、プログラミングを自動的に行ってくれるというだけではない。AIがSNSなどを絶えず巡回して人々がどのようなアプリを必要としているのかを把握し、企画書を人間に提示して、実際に設計・実装することが可能になるのである。いずれは、情報産業や金融業のようなオンラインで完結できるような業種であれば、AIエージェントが経営する会社が出現してもおかしくはない。

デジタルクローン

 デジタルクローンは、特定の個人の思考や言動を真似たAIである。AIエージェントの一種とも考えられるが、自律性よりも模倣に力点が置かれた概念である。

 24年の東京都都知事選の折には、都知事の小池百合子氏を真似たAIである「AI百合子」が話題になった。AI百合子は、小池氏の話し方や言葉遣いを真似ており、人々からの質問に応えることができる。従って、AI百合子をデジタルクローンの著名な例として挙げられるだろう。

 私がとくに注目するのは、デジタルクローンの開発を行っているオルツ社の取り組みである。オルツ社は、自社で開発したデジタルクローンが、社員の代わりに作業を行ったり、オンライン会議に出席したりしている。

ヴァーチャルヒューマン

 以上で説明したAIアシスタントやAIエージェント、デジタルクローンは、AIそのものの応用であり、AIのはたす役割を表す概念である。それに対して、ヴァーチャルヒューマンは、AIの外見に力点を置いた概念である。

 ヴァーチャルヒューマンは、もともとはAIとは関係なく、コンピューター・グラフィックス(CG)でつくられた架空の人間を意味していた。日本で最初のヴァーチャルヒューマンは、1996年に登場したヴァーチャルアイドル「伊達杏子(DK-96)」と見られている。

 伊達杏子は人間とインタラクティブに会話することはなかったが、近年では、ヴァーチャルヒューマンにAIが組み込まれるようになっており、イギリスで開発されたKuki AIや日本のImmaなどがある。

 AIが組み込まれたヴァーチャルヒューマンは、タレントやインフルエンサーとして活躍するだけではない。店員の代わりに商品説明を行うようなAIやカスタマーサポートAI、受付AIなどに利用すると効果的である。

 中国では、「ライブコマース」が流行しており、ヴァーチャルヒューマンが盛んに利用されている。ライブコマースは、販売員などがリアルタイムで商品を紹介し、視聴者がその場で購入できる仕組みである。日本でもファッションブランドGUのヴァーチャルヒューマン「YU」がライブコマースに活用されている。

 ヴァーチャル家族やヴァーチャル友達、ヴァーチャル恋人に応用することも可能だ。人々はいずれそういったヴァーチャルヒューマンに耽溺するようになるだろう。ディストピアに思えるかもしれないが、いつかは訪れる未来である。日本人や日本企業が手がけなければ、海外のサービスを購入させられるだけのことだ。私たちがヴァーチャル恋人などを自ら生み出し、その是非を議論すべきではないだろうか。

日本の勝機はどこにあるか AIキャラクタービジネス

 汎用AIがAIアシスタントやAIエージェント、デジタルクローンに組み込まれて、それがヴァーチャルヒューマンとして活躍する未来を改めて想像してみて欲しい。パソコンやスマホの中限定ではあるが、AIは人間とまったく同じように振る舞えるようになるのである。そうすると、言動や外見の面で魅力的なキャラクターであることがますます要求されるようになるだろう。

 そういったキャラクターを生み出すのは、漫画やアニメなどのサブカルチャーに強い日本が得意とするところだ。だから、汎用AIそのものの実現でイニシアチブを握るのが難しいにしても、その周辺の「AIキャラクタービジネス」で勝機を見出すことはできるはずである。

 その点も含めて、汎用AIの登場によって、一体どのようなビジネスが可能になるのか?経済はどう変わるのか?どのような問題が発生するのか?日本人や日本企業の強みはどう活かせるか?等々を今から考えて先手を打っておく必要がある。それが、日本経済再興のために私たちがなすべきことの1つであろう。

(了)


<プロフィール>
井上智洋
(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。同大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、17年より同准教授。専門はマクロ経済学。とくに、経済成長理論、貨幣経済理論について研究している。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることも多い。著書に『人工知能と経済の未来』『人工知能とメタバースの未来』(文芸春秋)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞社)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞社)、『MMT』(講談社)、『「現金給付」の経済学』(NHK出版)、『AI失業』(SBクリエイティブ)などがある。

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