【視察レポート】大統領逮捕で揺れる韓国政情視察、真の日韓友好を考える

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 昨年12月3日深夜、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領はニュース専門放送「YTN」で生放送された番組のなかで非常戒厳令を宣布し韓国のみならず世界に衝撃を与え、その後、現職大統領の国会での弾劾、起訴、拘束という異例へと展開した。記者は現地の状況を取材すべく、1月22日から韓国ソウル市を訪問した。韓国経済人の声や憲法裁判所前での大統領支持派集会など韓国の実情をお伝えする。

現職大統領逮捕で二分された韓国世論

裁判所近くで警戒に当たる警察官
裁判所近くで警戒に当たる警察官

    2022年3月の韓国大統領選で尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が当選し、尹政権において徴用工問題や慰安婦問題など歴史認識で冷え込んでいた日韓関係は劇的な改善を見せた。そのため日本国内においては、尹大統領を評価する声が多い。

 記者もその1人であったが、戒厳令宣布と韓国国会の対応など一連の動きを報道でみて、日本の政治との違いを感じた。そこで現地で韓国国民の反応を直に見たいと考え、1月22日に訪韓した。

 同日午前中の便で仁川空港に到着した。空港はとくに厳戒態勢というような雰囲気はまったくなく、スムーズに入国手続きを終え、空港とソウル駅を結ぶ空港鉄道に乗って約1時間でソウルに到着した。駅から宿泊先の明洞は徒歩圏内である。地下鉄やバスもあるが、翻訳アプリを頼りに移動した。市中心部ということもあり、日本人の姿もみられ、地下鉄の券売機も日本語に対応しており、順調にホテルに到着した。

 ところで、尹大統領をめぐっては異例続きの動きであるが、検察当局の出頭命令を拒否した尹大統領の逮捕が、大統領警護庁(以下、警護庁)に所属する警護部隊の抵抗により二度延期される事態も起きた。最終的に捜査当局と警護庁の綱引きの末「高位公職者犯罪捜査庁(以下、公捜庁)」は15日午前、内乱を首謀した疑いで尹大統領に出されていた逮捕状を執行し拘束した。

 同日尹大統領の身柄は、ソウル近郊・京畿道果川(クァチョン)市にある公捜庁に移され、取り調べと憲法裁判所の弾劾審判を受けることとなった。また、18、19両日、逮捕状を発付した裁判所を支持者らが襲撃し、約90人が逮捕されている。

韓国の政情に対する元野党議員候補の見解

 21日、尹大統領は、憲法裁判所での自身の弾劾裁判に出廷し戒厳令の宣布を発表した際、国会議員の逮捕を命じたとの疑いについて、「私は民主主義を固く信じて生きてきた人間」と述べ否定した。

 これについて韓国の人々の受け止め方はどうなのか。NetIB-Newsにも寄稿いただいている日韓ビジネスコンサルタント・劉明鎬氏の紹介で、統合民主党中院区地域委員会常務委員なども歴任し、2005年、12年の国会議員選挙にも立候補したキム・ジェガブ氏より、夕食を共にしながら韓国政情について解説をいただいた。

 キム氏は現在、風力エネルギー会社の代表を務めているが、ソウル大学在学中に学生運動に取り組んだ経験をもつ。キム氏は、「私は親日派で、日本との関係を重視している」と述べ「学生運動の仲間の多くと違うが、もし韓国で福島第一原発の事故のようなことが起きたら今でもデモをしている」と政治に対する関心の強さをのぞかせた。一方で「尹大統領は日本に屈従した」と尹氏の対日融和路線には厳しい姿勢を示した。

 興味深かったのは「金大中氏は尊敬しているが、太陽政策には異論を唱えた」(キム氏)と語ったことだ。キム氏が所属した統合民主党は金大中政権時代の与党であった。1998年から2003年まで大統領を務めた金大中氏は、北朝鮮に対する融和路線「太陽政策」を推進したことで知られる。

 歴史に話がおよぶと、「唐やモンゴルなどの侵略に負けることがなかった」と強調し「日本はプラザ合意でアメリカの言いなりになった」「日本は自主独立すべきだ」と忠告をいただいた。宿に帰ってからもキム氏の「日本は自主独立すべきだ」の言葉が頭から離れなかった。

厳戒態勢の憲法裁判所前での大統領支持派の集会

機動隊とバリケード
機動隊とバリケード

    23日は、尹大統領が憲法裁判所にて4回目の弾劾裁判が行われるということで、タクシーに乗って裁判所最寄りの安国(アングク)駅まで向かった。

 この日は憲法裁判所から270mほど離れたソウル高齢者福祉センター前において、午後1時から自由統一党などが主催した弾劾反対集会が開かれた。

 集会には約2,000人(警察発表)が集まったが、参加者は「尹大統領を釈放せよ」などの文言が書かれたプラカードを持ち太極旗と星条旗を振った。金竜顕(キム・ヨンヒョン)前国防部長官も証人として出席するとあって、警察は機動隊のバスなどを裁判所周辺に配置し、バリケードを設け厳戒態勢をとった。キャリーバッグを持ち日本人とわかるようパスポートを見えるかたちで示したためか何もなかったが、警察は通行に際し、行き先と身分証を確認しており、警察官と市民が言い合いになる光景もみられた。

 検察は26日、尹氏を内乱罪で起訴した。韓国の現職大統領の起訴は初めてだ。起訴後も保釈はされず、当面身柄の拘束が続くとみられる。国会では昨年12月、尹氏に対する弾劾訴追案が可決され、尹氏は職務停止となった。裁判所は6カ月以内に尹氏を罷免するか、復職させるか決めることになる。

 日韓友好に取り組んでいる複数の関係者は「政権の支持率も回復基調で、尹氏の無罪がいずれ明らかになる」との見方を示したが、韓国内の世論は1980年以来の戒厳令を発令した尹大統領に批判的な声が少なくなく、世代によっても受け止め方は違う。

 今回の取材を通して、日本と韓国の政治や社会の在り方を比較した際に、文化の違いはあるにせよ、ダイナミックな政治の動きや、国民意識という面で韓国の国民レベルの高さを実感した。何より「日本は自主独立すべき」との忠告は、日本人1人ひとりが自覚しなければならないように思う。

【近藤将勝】