トランプ復帰で激変する台湾情勢 米中半導体覇権競争の熾烈化の影響は(前)
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国際政治学者 和田大樹 氏
世界情勢の行方を左右する昨年11月の米国大統領選挙は、トランプ氏の圧勝で幕を閉じた。大統領選は稀に見る大接戦になるとの見方が支配的だったが、いざ開票作業が始まるとすぐにトランプ優勢が鮮明となった。そして第2次トランプ政権の外交・安全保障政策における最重要課題は、対中国であることは間違いない。
※本稿の内容は2024年12月上旬時点の情報に基づく自身のカラーを強める第2次トランプ政権
トランプ氏は選挙戦のカギを握ると言われたペンシルベニアやジョージア、ウィスコンシン、ノースカロライナなど7つの激戦州を全勝し、ハリス氏を約90人上回る312人の選挙人を獲得した。また、トランプ氏は自身が出馬した2016年と20年の選挙を上回る7,500万票あまりを獲得するだけでなく、議会の上院と下院でも共和党が多数派となるトリプルレッドと呼ばれる状況となり、トランプ氏にとっては最高の結果となった。
一方、今回の選挙は民主党のバイデン政権の4年間を評価する機会となったが、民主党の歴史的大敗はバイデン政権に国民がNoのジャッジを下したことも意味する。歴史的大敗を喫した民主党内部では、バイデン大統領の選挙戦からの撤退が遅かったからだとの不満も聞かれる。
外交・安全保障政策で重要な役割を担う重要ポストには、これまでのところ対中強硬派が相次いで起用される見込みだ。国務長官には、中国・新疆ウイグル自治区における人権問題を非難し、台湾防衛の重要性を訴えるマルコ・ルビオ上院議員が起用される予定で、安全保障担当の大統領補佐官には下院における対中強硬派の急先鋒と言われ、陸軍特殊部隊に所属していたマイク・ウォルツ下院議員が起用されるという。ウォルツ氏は、中国海軍の軍備拡張に対抗するため、米海軍の艦船や装備の増強を訴えている。
また、通商・製造業担当の大統領上級顧問には対中強硬派のピーター・ナバロ氏が起用されるが、同氏はトランプ政権1期目で通商政策担当の大統領補佐官を務め、自国の経済と雇用を守り抜くという同政権の保護貿易主義路線を進める過程でライトハイザー元通商代表などとともに主要な役割を担った。
このような対中強硬派の相次ぐ起用から、トランプ政権が中国に対して厳しい姿勢で臨むことに疑いの余地はない。トランプ氏は政権2期目であり、1期目のように再選を意識しながら慎重に政権運営をする必要がなく、今回は自らに忠誠を誓うイエスマンで周辺を固め、上述のように上院と下院も共和党が多数派となっていることから、第2次トランプ政権は前回よりトランプ色が強い、大胆な政策が打ち出されていく可能性があろう。では、トランプ氏は台湾情勢、米中半導体覇権競争にどう対処していくのだろうか。
トランプの対台湾政策 非介入か積極支援か
まず、台湾情勢では昨年5月に頼清徳氏が総統に就任して以降、中国は台湾本土を包囲するような軍事演習をすでに2回実施している。頼総統は昨年10月7日、台湾では建国記念日と位置付けられる双十節に関連するイベントで、「中国は10月1日で75歳の誕生日を迎えたばかりだが、台湾はその数日後に113歳の誕生日を迎える」と発言し、10月10日の双十節の式典では、「北京政府には台湾を代表するような権利は一切なく、台湾は国家主権を堅持し、一方的な併合などを許さず、台湾と中国は隷属しない」と就任演説での主張を繰り返した。
その後の14日、中国軍で台湾を管轄する東部戦区は、台湾本土を取り囲むようなかたちで大規模な軍事演習を行った。陸海空軍やロケット軍に加えて中国海警局も参加し、海上封鎖や実戦を想定した訓練などが実施され、中国海軍の空母も台湾の東側海域での演習に参加した。同軍事演習には戦闘機やドローン、ヘリコプターなど125機、艦船34隻が参加し、1日の規模としてはこれまでで最大となった。頼総統は5月の就任演説の時も、台湾と中国は隷属しないと主張し、中国軍はその後10月のように台湾本土を包囲するような軍事演習を2日間にわたって実施した。
このような軍事演習は22年8月、当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した際にも実施されたが、その際は大陸側から弾道ミサイルも発射され、その一部は日本の排他的経済水域にも落下した。このように、中国は頼総統の主張や行動を念入りに注視し、必要があればそれを1つの機会と捉えて軍事的な威嚇を示すというのが現在の状況である。
そして、トランプ氏が台湾情勢でどう対応するかを予測するうえでは、トランプ氏がこの4年間で何を重視し、何を達成しようとしているのかを理解することが重要となる。トランプ氏は米国を再び偉大な国にすると繰り返し主張しているが、文字どおりトランプ氏にとっての最優先事項は、米国の経済や繁栄、安全保障を維持、強化することで最強国の立場を堅持し、それを脅かしかねない中国に対する優位性を確保することにある。
そのうえで、米国第一主義のもと外国の紛争における米国の負担を最小限に留め、もしくは負担を負わないという不介入主義に徹し、その条件でより多くの紛争を終わらせることで自らのレガシーづくりに尽力するものと考えらえる。
これを前提とすれば、トランプ政権下の台湾情勢は2つのシナリオが想定される。1つ目は、台湾に対して非介入主義に徹するシナリオで、現にトランプ氏は台湾に対して防衛費を増額すべき、米国の半導体産業を奪ったなどと主張しており、台湾支援に積極的だったバイデン政権の姿勢から転換される可能性もある。
また、レガシーづくりという点で、台湾ではウクライナや中東のような物理的な軍事衝突が起こっているわけではないことから、戦争終結、停戦や和平などという実績づくりは望めないことから、トランプ氏はその可能性が見込めるウクライナや中東を台湾より優先することが考えられる。
そういったことになれば、中台関係が今日でも冷え込むなか、中国は米国の関与が薄まった隙を付くように、台湾への軍事的圧力をいっそう強化し、具体的な軍事侵攻の可能性は低くても、海上封鎖や海上ケーブルの切断などは選択肢となり得よう。海底ケーブルの切断はすでに起こっている事態だが、そうしたことも前提に企業は駐在員やサプライチェーンの安全などを考える必要がある。
もう1つは、対中優位性を確保する手段の一環として、台湾を積極的に支援するシナリオだ。バイデン政権は台湾をウクライナなのように民主主義と権威主義の戦いの最前線と位置付け、台湾への軍事支援を積極的に行ってきたが、米国の最強国の立場を揺らがそうとする中国を問題視するトランプ氏も、中国が台湾を支配下に置けば米国の西太平洋での優位性が危うくなると危機感を抱き、バイデン政権の路線を継承する可能性も考えられる。
トランプ氏が米国の国益を第一に、外国の紛争に加担しない姿勢に徹するのは間違いないが、対中国という意識も同時に強く持っており、台湾をそのなかに含めるということなれば、トランプ再来を警戒してきた台湾が抱いてきた懸念は払拭されることになろう。実際、トランプ氏は中国が台湾を封鎖すれば150%から200%の関税で対応するとも主張している。
今後の国際情勢の変化により、トランプ政権の外交・安全保障政策も大きく変化するだろうが、トランプ氏の考えや優先順位を考慮すれば、その台湾政策は現時点で上記2つのシナリオが想定され、明確なことは断言できない状況にある。いずれにせよ、台湾に関係をもつ企業にとってビジネスに多大な影響を与えるような出来事がすぐに発生する可能性は低いものの、今後も緊張が続くという前提で危機管理対策を練っておく必要がある。
<プロフィール>
和田大樹(わだ・だいじゅ)
国際政治学者、Strategic Intelligence(株)代表取締役社長CEO。(一社)日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学非常勤講師なども務める。専門分野は国際テロリズム、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務に従事する。著書に「Overseas Crisis Managemenテロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策」(共著、同文館出版、2015年)など。関連記事
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