【特別寄稿】内憂外患の経済環境と地方創生の行方(前)
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明治学院大学国際学部
教授 熊倉正修 氏物価高や金利上昇に政治の混乱が重なり、先行きの不透明感が強まっている。石破茂首相は財政再建と地方創生に意欲的だったが、衆院選の大敗によって本人が望む政策を実現できる余地は小さくなった。地方の企業や自治体は地域経済の地盤沈下を食い止めるべく、総力を挙げて知恵を絞る必要がある。
円安で国民の利害対立が表面化
2022年に始まった円安と物価高により、政府の経済運営に対する不満が強まっている。昨年10月の衆議院選挙における与党大敗の一因は政治資金問題だったが、物価高への反発も影響していたと思われる。
自民党は12年末の政権復帰以来、「円高・デフレ解消」を経済目標の筆頭に掲げていた。しかし為替レートは2つの通貨の交換価値なので、もともと自国の都合だけで自由に操作できない性質をもっている。アベノミクス開始から21年ごろまで円ドルレートは1ドル=110~120円の範囲に落ち着いていたが、これはたまたまそうなっただけである。
今回の著しい円安が生じるまで、日本では円安は善、円高は悪という考えが根強かった。しかし円安であれ円高であれ、為替レートの大きな変動は国内に勝ち組と負け組を生み出してしまう。現在も大手自動車会社などは本音では円安を歓迎しているはずである。輸出依存度が高く海外拠点が多い大企業の場合、円安によって輸入投入財の価格が上昇しても業績へのネット効果はプラスだからである。これらの企業の業績改善は株価上昇を通じて金融機関や富裕層の懐を暖める効果ももつ。
しかしこうした効果は短期的なものである。日本がドルなどの外貨で価格を決めて行う貿易は輸入超過なので、円安が続くと負の効果がボディブローのように効いてくる。
地方では輸入原料品を用いて国内市場向けの製品を製造する企業が多く、円安は頭痛の種である。今回のようにそれにエネルギーや食料品の価格高騰が重なると事態はさらに深刻化する。つまり為替変動は地域間の利害対立を表面化させる効果をもっている。
政府や日本銀行は円安をテコに輸出主導で景気を回復させ、それが賃金と物価を押し上げるかたちでデフレが解消するシナリオを描いていた。しかし現実には輸入物価の高騰が先行し、それに賃金の上昇が追い付かずに国民の反発を買うことになってしまった。
とはいえ、賃金が物価に追いつていないことは物価上昇→賃金上昇→物価上昇という効果がいつまでも続かないことも示唆している。米国などではこうした効果が働きやすく、それが始まると中央銀行が金利を一気に引き上げ、不況覚悟で物価を抑え込むしかなくなる。しかし日本ではライバル企業が価格を据え置くなかで思い切った値上げを行う事業者は少ない。ここ2~3年はコスト高に耐えられなくなった企業が一斉に価格引き上げに動いているが、他の条件が大きく変化しない限り、それがいつまでも続くことは想定しにくい。
「金利のある世界」が明らかにする財政危機
ただしここで問題なのは、今日の日本が「他の条件」を大きく変化させうる時限爆弾を抱えていることである。それは政府の財政危機、そしてそれにともなう円の価値への本質的な疑問である。
政府は円安が進む過程で巨額の為替介入を実施したが、為替介入だけで相場を長期間操作することはできない。一国が通貨安とインフレに見舞われた場合、中央銀行が金利を引き上げて対抗するのがオーソドックスな方法である。しかし日銀が金利操作によって物価や為替レートを管理できる余地は限られている。
13年以降の日銀の異次元緩和とマイナス金利政策により、国債の利回りは歴史的な低水準に下落した。それとともに金融機関の貸出金利や住宅ローン金利も1%を下回る水準にまで低下していた。
日銀は24年春にマイナス金利を解除して長期金利の操作を停止した。それを見越すかたちで国債の利回りは19年夏に反転し、22年以降は残存期間が長いものほど大幅に上昇している。国債の利回り上昇とともに、大手銀行も期間が長い貸出から順に利率を引き上げている。
しかし長期国債の利回りがこれ以上上昇すると、政府財政の持続性が問われやすくなる。過去四半世紀に日本政府の負債はどんどん膨らみ、地方公共団体や社会保障基金を含む広義の政府の債務残高はGDP比で250%、毎年の政府歳入の700~800%に達している。そこで長期金利があと1~2%上昇すると、毎年の利払額の急増に耐えられなくなるだろう。
そうして財政危機が顕在化すると、日銀は再び国債の大量買入れと長期金利の抑え込みに舵を切らざるをえない。しかしそれは国債という政府債務が貨幣という日銀の債務に置き換えられることを意味し、今度は円という通貨の価値が問われることになる。日本国債の格付けはすでに先進国らしくない水準に低下しており、あと1~2ランク引き下げられれば海外投資家が日本から一斉に資金を引き上げる可能性も排除できなくなる。
ただし、海外の動向によっては短期的に円が買われる可能性もある。米国のトランプ新大統領は大統領就任前から輸入品の関税率引き上げを強く主張し、中国やメキシコに追加関税を課すと言明している。こうしたことが行われた場合、中国やEUは直ちに対抗関税を発動するだろう。すると米国では物価上昇と経済の混乱が同時に発生する可能性が高い。しかしトランプ氏はそれによって自らの考えを改めるような人物ではないから、ますます過激な近隣窮乏化政策に傾斜し、世界中の経済が混乱する可能性がある。
日本以外の主要先進国のなかで政府財政の状況が最も悪いのは米国である。相互監視が定着しているEU諸国と異なり、日本と米国には政治家に財政の健全性を守らせる仕組みが不在である。現時点でドルは世界の基軸通貨だが、これは歴史の慣性による面が大きく、第二次トランプ政権が大型減税を乱発すればドルに対する信頼が本格的に揺らぐ可能性もある。
(つづく)
<プロフィール>
熊倉正修(くまくら・まさなが)
明治学院大学国際学部教授。1967年生まれ。東京大学卒、ケンブリッジ大学Ph.D.。アジア経済研究所、大阪市立大学などを経て現職。専門は国際金融論、比較経済政策、高等教育論。著書に『日本のマクロ経済政策-未熟な民主政治の帰結』(岩波新書)、Japan in the World Economy: An Introduction to International Economics(大学教育出版)など。関連記事
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