元事件記者風情が初めて著書を出して思うこと(4)

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朝日新聞元編集委員 緒方健二 氏

 初めまして、緒方健二と申します。いま66歳です。まごうことなき高齢者です。約40年間の事件記者生活の後、短大保育学科に入学し、保育士資格や幼稚園教諭免許などを取りました。2024年12月に初の著書『事件記者、保育士になる』(CCCメディアハウス)を上梓し、NetIB-Newsでもご紹介いただきました。旧知の同社代表取締役会長、児玉直さんからのご依頼で駄文を連ねます。

児玉さんのこと

 児玉さんとは1990年に初めて会いました。当方が朝日新聞長崎支局から福岡の西部本社社会部に異動した年です。長崎でも長崎市長銃撃や中国からの偽装難民続々漂着など大事件を取材しました。

 新任地の福岡では、福岡県警の捜査2課と4課の担当になりました。捜査2課は贈収賄や詐欺、捜査4課は暴力団犯罪が担務です。

 朝日新聞は昔から、警察取材が強くありません。実は当方が県警担当になる前、朝日新聞はある事件をめぐって大誤報を出してしまい、キャップ以下全員入れ替えました。当然です。

 読者の信頼を大いに損ねました。警察当局からも見放される寸前でした。そこでキャップ以下県警担当記者の陣容を一新したのです。新たなメンバーの1人が当方でした。
 マイナスからのスタートはきつかった。読者の信頼を取り戻すためには、読者のためになる記事を書かなければなりません。そのためには社会の暗部を抉るようなネタを仕入れなければなりません。

 警察当局だけを回って「何かありませんか」と御用聞きもどきの取材をしていてはだめです。当時はバブル景気がまだ残っていて、社会は浮かれ、カネをめぐる理不尽なことが頻発していました。

 そこでお知恵を借りたいと訪ねたのが児玉さんでした。当時は信用調査会社「東京経済」におられました。情報に飢えた当方を哀れと思われたか、飄々と、しかし懇切丁寧に話し相手になってくれました。

 俳優のイッセー尾形さんにどこか雰囲気の似た児玉さんとの詳細なやり取りは控えます。たださまざまな人を紹介してくださり、多くのヒントをいただきました。
 92年に東京本社に異動後もお付き合いいただき、いまに至っています。
 NetIB-Newsの「コダマの核心」で、児玉さんが印象に残った新聞記者の1人として当方を紹介してくださっています。身が縮みます。

 経済は、それまで当方には未知の分野でした。苦手でも、内容が難しくてもアタックしなければ窮地を脱することができませんでした。感謝します。

本を出すまで

 短大に入学して数カ月後、古巣の朝日新聞の社会部にいる女性記者から当方を「取材したい」と依頼がありました。
 野獣のような事件記者崩れが、女性が大半の花園に闖入したのは、そりゃ面白いでしょう。この記者は女性です。福岡県警キャップも務めました。一緒に暴力団取材をしたこともあります。
 最初は断りましたが熱心な説得に負け、応じました。記者は短大にきて、苦手なピアノに苦しむ様子や同級生が当方をどう見ているかを取材し、記事を書きました。

 これを見た東京の出版社の編集者(女性)興味をもち、「本を書きませんか」と打診してきました。やはり断りましたが、熱意と仕事への貪欲さに根負けし、応じたのです。
 この間、民放が短大での様子を取材し、ニュース番組で放送しました。

 出版後は、暴力団記事でも定評のある実話誌が拙著を紹介してくれました。
 編集者の尽力で、国内外のメディアが拙著と当方に関心をもってくださり、取材し、発信してくれました。

 本の帯の推薦文は元警察庁長官が引き受けてくれました。警察官僚のなかで数少ない現場に精通した人で、治安事情改善のために吹っ掛けた議論にも真剣に応じてくださいました。

 もう一度振り返ります。

半端者でも道は開ける

 ただ長く事件記者として這いずり回っただけで何も成し遂げていない野良犬のために、さまざまな人が手を差し延べてくださいました。
 非力無力な当方だけではなあんにもできないのに、分不相応にもとうとう本を出してしまいました。

 新聞記者時代から、その都度出会った人に真摯に向き合ってきたつもりです。自分1人では何もできない半端者だ。身の程を弁えてなりふり構わず助力を求めよう。そうすりゃ道は開ける。
 そんなことを考えながら、子どもを守る道を模索しています。新たな出会いにも期待しています。

 皆さまのお力を拝借する局面が今後、あるかも知れません。その節はどうぞよろしくお願い申し上げます。

(了)


<プロフィール>
緒方健二
(おがた・けんじ)
1958年生まれ。毎日新聞社を経て88年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄)・4課(暴力団)、東京本社社会部で警視庁捜査1課(地下鉄サリンなどオウム真理教事件)・公安、国税、警視庁キャップ(社会部次長)5年、社会部デスク、編集委員(警察、事件、反社会勢力担当)、犯罪・組織暴力専門記者などを歴任して2021年退社。22年に短期大学に入学し、24年卒業、保育士資格などを取得した。

 NetIB編集部では『事件記者、保育士になる』を改めて5名さまにプレゼントする。応募の詳細は「事件取材の鬼が驚きの転身」を参照。
 データ・マックスは近々、著者との交流の機会を設ける予定にしております。卓話など形式は未定ですが、改めてお知らせいたします。

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