【特別寄稿】トランプ時代の再来で世界はどうなる?日本の進路は?
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福岡大学 名誉教授 大嶋仁 氏
現代世界の主役は紛れもなくアメリカである。私たちはそのアメリカをどれだけ知っているだろうか。アメリカの歴史はその政治の在り方と不可分であり、グローバル化によって押し進められる世界各地のアメリカ化は避けられないものの、ように思える。そのアメリカで、昨年11月にドナルド・トランプが大統領に選ばれた。これによって、アメリカはどうなるのだろうか?世界はどうなるのか?そして、日本は?
トランプ時代の再来 思想なき商売人
福岡大学 名誉教授 大嶋仁 氏 2024年11月の大統領選挙でトランプが圧倒的な勝利を収めた。彼が共和党、ハリスが民主党という色分けはすでに色褪せていた。ハリスは民主党の公式見解に従順だったが、独自の政策を示すことがなく、一方のトランプは必ずしも共和党の意向を反映せず、「国民のため」の国づくりプランを示した。多くの国民の共鳴を得たのは、そのためだ。
トランプは「白人至上主義者」というレッテルが貼られ、政治家として問題視されている。だがそれは、民主党とそれに追随するメディアのプロパガンダに過ぎなかった。ハリスが有色人種の女性であったにせよ、アメリカ社会の上層部に組み込まれた「おえらいさん」であることに変わりはなく、国民にもそれは感じられた。「トランプのほうが庶民的」なのである。
「良識」を自負するアメリカ人は、それでもトランプを恥ずかしく思う。しかし、大衆にとって、トランプは「頼りになるお兄ちゃん」なのである。トランプは「予測不可能」だから政治家に向かない、という声も聞く。その考えは保守的にすぎるだろう。彼の生命力あふれる個性は、世界を変えるきっかけとなり得るものだ。
そもそも彼には一貫した思想がない。彼と面談した元大統領のオバマは、「実際的でイデオロギーがない」とトランプを評している。極めて的確な評価である。つまり、トランプは既成理論に左右されない。具体的状況のなかでひらめいたことを口にし、そのうちのいくつかを実行するのみである。彼の言説は即興的なもので、これを「暴言」と受けとる人も多いが、真に受けるほうが悪い。メディアの人間には、その辺がわかっていないように見える。彼が「根っからの商売人」であることがわかっていない。
トランプへの期待 日本も変わるチャンス
民主党の候補者とそれに追随するメディアは、「羞恥心」のせいか、「偽善」のためか、トランプの言説を認めようとしない。しかし、彼はただただ現実的なのであって、イデオロギーに振り回されないところが肝心なのだ。イスラエルを支持しているかに見えて、ヒトラーにもメリットがあったなどと口にする彼を、「思想」によって判断してはならない。トランプは並外れたビジネス感覚の持ち主で、すばやく状況を判断し、必要とあらば大ホラも吹く。彼を「嘘つき」という人も多いが、彼が「戦争」より「取り引き」を好んでいることは見逃せない。彼が大統領だった17から21年にかけて、世界にこれといった戦争はなかった。戦争が始まったのは、バイデン政権になってからだ。
とはいえ、彼が高齢者であることだけは心配だ。その並外れた直感が冴えなくなったら、どうなるか? 国内の経済問題はもちろん、国際政治においても難局を切り抜ける能力が抜群な彼がその能力を失えば、目も当てられない。今は元気でも、4年後はどうか?
トランプがロシアとの関係を改善する可能性は大いにある。イデオロギーに固執しない彼は、「ロシア・ファースト」を掲げるプーチンと馬が合うだろう。一方、中国に対しては慎重に歩を運ぶだろう。習近平については、「手を差し伸べたのに裏切られた」と思っているはずだ。習近平はトランプの頭脳の回転の速さについていけるだろうか? そこはわからないが、杓子定規な民主党政権より、トランプとは交渉の余地があると判断しているだろう。「商の道は平和に通じる」とは、かつて習近平がトランプについて言った言葉である。
日本にとってはトランプがやりやすい。ハリスだったら、何を言っても決まりきった答えしか返ってこなかっただろうから。トランプなら臨機応変に対応してくれそうだ。石破政権にとってのトランプは、対決しがいのある相手となろう。2人とも日米関係の見直しを考えており、両者の間にはイデオロギーに囚われない裸と裸のぶつかり合いが期待される。曖昧さを許さないトランプが、日本を厳しくしぼり上げる可能性は十分ある。しかし、それこそが今の日本に必要なことではあるまいか。なにしろ、これまでの日本政府は、すべてを「先送り」にしてきた。今度こそは、アメリカに向けて真剣勝負をしてほしい。
日本はアメリカの偽善外交に縛られてきた。「自由」と「民主」の名の下に、さまざまな「犠牲」を払わされてきたのだ。もちろん、日本は日本でその代償として多くを得てきている。しかし、それは「悪しき関係」にほかならず、そこから一刻も早く脱皮しなくてはならないのだ。
アメリカの歴史 略奪の現代史
アメリカ自体はトランプの手腕で国民生活が向上するだろう。長らく政界を汚染してきた「自由と民主」のイデオロギーが失墜し、より現実的なアメリカとなることが期待される。トランプはアメリカが「病んでいる」と見ている。その治癒に精を傾けるにちがいない。
1776年に誕生したアメリカ合衆国の年齢はたったの250歳。もっとも、北アメリカ大陸が発見された1498年の後、すぐにイギリスの入植者が東海岸地域を領有し、その子孫たちが本国との軋轢から「独立」を勝ちとったのがアメリカ合衆国なのだから、独立前と独立後を合わせると500年になる。この500年のうち、1890年の「西部開拓終了」までの300年近くがこの国を形成するうえで最も重要な時期で、その間の歴史を見れば、国のおよその性格がわかる。
ひと言でいえば、その間の歴史は先住民の土地の「略奪」と「虐殺」に尽きる。これに黒人が白人の奴隷だったという事例を加えれば、アメリカがどのような国であるかがはっきりする。「民主主義」の国とはいえ、「不平等」が当たり前。自己の利益の拡大を邪魔する者は排除して当然、という考え方なのである。
人類史を辿れば、いつの時代にも「略奪」と「虐殺」はあった。だが、アメリカの場合はそれが近代の科学技術に後押しされているために、極めて急速度に、大量に展開したのである。思い出すべきは、1969年のアメリカの宇宙飛行士たちによる月面着陸だ。彼らは「月はアメリカのものです」とは言わなかったものの、これを「人類のもの」とし、そこに星条旗を立てた。つまり、「人類=アメリカ」ということで、「宇宙のすべてが自分たちの所有物」という考えが打ち出されたのだ。宇宙や自然界に対する畏敬の念など、そこにはいささかもなかった。
近代国家の機能 他者否定と同化
月に生物がいなくとも、これを未知の世界として尊敬すべきだろう。仮にも生物がいたならば、これを「他者」として敬うべきだろう。しかし、異生物がいればただちにこれを地球に持ち帰って検査するか、あるいはそこに「敵性」を見出して抹殺するか、そのどちらかをするのがアメリカだ。そのような国が世界を支配するとなれば、私たちが大変間違った方向に進んでしまう可能性大である。
もちろん、そういうアメリカにも「心ある人」はいる。『合衆国インディアン史』を書いたアンジー・デボはその1人で、「善良な市民」といわれる人たちでさえも先住民の「略奪」と「虐殺」を当然のことと見なしていたと憤慨している。現在イスラエルで行われている「民族浄化」(ethnic cleansing)を弾劾するアメリカ人もいる。そういう人たちは、ナチスのホロコーストよりはるか以前に、アメリカにおいて躊躇なく「民族浄化」が行われていた事実を見逃していない。
日本にしても「民族浄化」を行っている。欧米に倣った明治政府が、先住民アイヌに何をしたかを思い出そう。日本には「桃太郎」を賛美する傾向があるが、福沢諭吉が言ったように、桃太郎は「悪」を奨励する物語である。「鬼」がなにも悪いことをしていないのに、勝手に相手を「悪者」と決めつけて、「鬼退治」をしているからだ。多くの日本人はこれを疑問視せず、むしろ英雄視してきた。
つまり、日本人も、欧米人も、「他者」を勝手に「悪」だと思う傾向があるということだ。人類の知能は、どうやら「他者との共存」を実現するレベルに達していない。このことをもっと反省すべきである。
アメリカの文化 画一性の威力
アメリカ合衆国は短期間に巨大勢力となった稀な国である。ヨーロッパを中心に世界から移民が集まって、これだけのまとまった国になるのは容易ではない。では、そのような国の文化は、どういうものか?
今からだいぶ前に日本に禅修行にきていたアメリカ人の言葉が思い出される。その人は、「日本に来るまでアメリカには文化がないと思っていたが、今になってみれば、コーラやハンバーガーがアメリカ文化だと思う」と言っていた。そのときはピンと来なかったが、今になって「なるほど」と思う。ハリウッド映画にしても、スターバックスのコーヒーにしても、すべて「万人向き」だ。言い換えれば、すべてが画一的で、世界中どこでも同じ味ということだ。だからこそある種の「安心」を得られるのだが、そこには文化の幅も、奥行きもない。
イギリスの哲学者ラッセルも同様のことを言っていた。アメリカに行ってみて、広大な土地で多民族の国なのに、「どこへ行っても同じ感じがする」と言ったのである。一体どうして、そうなったのか? 文化など気にしていたら、国がまとまらないからである。極度に急速な国家の建設は、本来は多様すぎるほど多様であったはずの文化を単一化せざるを得ず、そこから「万人向き」が生まれたのだ。飲食物も商品であるから、大量に売らなくてはならない。そのためには、味を万人向きにする必要がある。そうなると、嗜好のマーケティングが必要で、同時に効率的な生産技術が必要だ。アメリカの食品産業はこれに則って行われ、他の分野でもほぼ同じなのである。目的達成のために最も合理的な方法を追求する。これがアメリカ文化の大原則だ。
そうした文化に抵抗するマイナー文化もある。「カントリー」と呼ばれる田舎文化がその1つだ。もう1つは、白人に支配されてきた黒人の文化。しかし、これらは決して支配的にはならない。支配的になるには、極度に洗練された資本主義システムに組み込まれる必要があるのだ。
アメリカと現代世界 世界を画一・普遍化する
19世紀末に「西部開拓」を終えたアメリカは、その後中南米を牛耳り、太平洋に進出してハワイやフィリピンを併合し、日本に開国を迫り、中国市場に割り込もうとした。そして、1914年に第一次世界大戦が始まると、英仏に武器を販売して大儲けをし、欧州戦線に兵を送り込んで戦争終結に貢献した。かくして、ヨーロッパにおける存在を確立したのである。39年に始まった第二次世界大戦も同様で、アメリカの援軍なくしてナチス=ドイツの敗北はあり得なかった。太平洋戦争においては核兵器を用いて日本を破り、戦後世界は西も東もアメリカの天下となった。
とはいえ、「強敵」が存在した。17年に世界最初の社会主義国となったソ連がそれで、アメリカが資本主義の国なら、ソ連は社会主義の国。自由経済と統制経済の対立となった。この対立で、世界がほぼ2つの陣営に分かれることになる。アメリカおよび連合国との戦いに敗れた日本は、そのままアメリカ支配下に入り、自由主義陣営の一員となった。その結果、本来は近かったはずの中国やロシアから遠ざかることになった。この状態は今も続いている。
「冷戦期」と呼ばれるこの時代が終わったのは、ソ連が崩壊した91年のことである。かくして、アメリカは長年の宿敵を失った。以来、世界の覇者となったのはいいが、「仮想敵国」を常に必要とするこの国が、当面の目標を失ったことの意味は大きい。現在に至るまで「あやふや」な状態が続いているのもそのためであって、それに対応する日本やヨーロッパも、自らの進路探しに苦しんでいる。
「1人天下」のアメリカはグローバル経済の拡大を目指し、世界のありとあらゆる地域に触手を伸ばしてきた。これに抵抗するのはイスラム圏で育ったテロ組織などだが、その組織のいくつかも、アルカイダのようにCIAが関与して育成したという皮肉な事実がある。
現在のところ、アメリカの「宿敵候補」は中国だが、このアジアの大国が「一帯一路」を掲げたところで、たいした抵抗になってはいない。中国は国内をまとめるのに苦労し、その高度な科学技術は、いまだにアメリカの模倣を出ない。
アメリカは依然として「高度に技術化した帝国主義」の国として世界に君臨している。そのために、アメリカ文化の根幹にある画一主義と普遍主義とが世界に蔓延し、各地の固有文化が破壊されて消滅していく。マグドナルドとコカコーラが全世界に浸透し、スターバックスがその後を追う。これが浸透するところ、たちまちに地場産業は衰え、ローカル性に根ざした文化はなくなる。文化の代わりに、文化産業だけが残るのだ。
トランプの可能性と日本文化を守る時代
では、そういうアメリカに、トランプ新大統領は新たな道を示せるのだろうか? 言い換えれば、トランプはアメリカ文化に革命を起こせるか? 本人は「起こせる」と思っているかもしれないが、彼も所詮はアメリカ人だ。多くは期待できまい。
もっとも、この大統領の出現でアメリカ自体が混迷を極めるとなれば、面白いことになろう。これまで世界政治の中心に出てこなかったインドのような国が、これを機に発言力を強める可能性はある。そうなると、世界史は新たな展望を示すかもしれない。だが、今のところは、なんともいえない。
このような状況で、日本は何をすべきかと問うてみたい。当分はアメリカに逆らわずにはいられないだろうが、徐々にその戦略に巻き込まれないように準備をしていく必要がある。私なりにいえば、日本にはグローバル化の津波を乗り越えて文化を維持する潜在力はある。「アメリカ」からこれを守る必要がある。
文化がなくなれば日本は日本でなくなり、地力の落ち続ける集団に成り下がる。日本の政治家はこれまで経済と軍事的な安全保障にばかり目を向けてきたが、今や文化を守ることが求められる。
<プロフィール>
大嶋仁(おおしま・ひとし)
1948年生まれ。福岡大学名誉教授。からつ塾運営委員。東京大学で倫理学、同大学院で比較文学比較文化を修め、静岡大学、カトリック大学・ブエノス=アイレス大学(ペルー)、パリ国立東洋言語文化研究所を経て、95年から2015年まで福岡大学にて比較文学を講じた。最近の関心は科学と文学の関係、および日本文化論。著書に『科学と詩の架橋』『生きた言語とは何か』『1日10分の哲学』などがある。関連記事
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