孫正義シリーズ(6)AI(=人工知能)を考える(3)
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福岡大学名誉教授 大嶋仁
(3)AIと歌詠み
先に、「AIと共存するには人間であればよい」と述べたが、そこでの「人間」とは孤立した頭脳ではなく、複数の身体が互いに電磁波を発し、その結果として論理計算から解放された脳が勝手にはたらく状態を意味する。そのような脳の状態こそが、私たちを「人間」にするのだ。
そもそも、近代人にとっての人間とは、とくに近代文明の中心である西欧においては、「理性的」かつ「論理的」であることだった。その信念の根底には、人間はほかの動物とちがって「言語」があり、これによって思考力が並外れて発達しているという自負があった。ところが、AIの出現で、この信念は失墜してしまった。
もし西欧近代の信念が正しいなら、「感情」抜きで論理的な思考ができるAIのほうが人間以上に「人間的」ということになってしまう。論理と計算は人間より機械のほうが得意なのだから、そういう「おかしな」結論が出ても「おかしく」ないのだ。
そうなると、真の人間性は「論理的思考」によるのではなく、「動物的本能」と「情緒」とのバランスに基づいたものとならねばならない。おまけに論理と計算もできるとあれば、それでこそ「立派な人間」となるのだ。「知能」だけならAIのほうが人間よりはるかによい。だが、こと「人間性」となると、AIは重大な欠陥をもつのだ。
AIだけでなく、その成立に寄与した近代科学、それによって発展した近代文明、これらも同様の欠陥をもつ。なぜなら、近代科学は自然の観察より論理計算を重視してきたからで、その結果、発展した文明も同様の傾向があるからだ。
デカルトやニュートンの科学は論理計算に依拠しており、だからこそ飛躍的進歩を遂げたとはいえ、その根底にアインシュタインが示したような「直観」がなければ、人類の知恵としての面目を保てないのである。
AIの強みはそのような直観がなくても、多くの問題を極小の時間で解決できることにある。そのため、直観など不必要ということにもなるのだ。だが、そうなると、科学そのものが中身のない形式に堕する。このままいけば、人類の知性は滅び、科学も滅び、文明が文明でなくなってしまうだろう。
このような傾向は、西欧ではゲーテ、フロイト、ベルクソンといった人たちが早くから危惧していた。彼らは近代文明の表層にある「知性」が信用できず、その根底にある「生命力」に重点を置いて、そこから遊離する文明の危機を説いていたのだ。だが、AI全盛の時代になれば、彼らの思想は葬り去られる。
こういう時代においては、時代に逆行するカルト集団が増えるかもしれない。しかし、そういう集団とて、金儲けはしたいだろうから、結局はAIを活用することになる。つまり、人類の出口は決まっている。
こういう状況のなかで日本を振り返ってみると、今やその文化は瀕死状態にあると言わざるを得ない。しかし、この文化の過去には、AI時代にも有効な考え方はある。たとえば、江戸時代の本居宣長。彼には情緒中心の人間観があり、これこそがAI時代には重要となるのである。
宣長の思想をひと言でいえば、「人は歌を詠めなくなったら人でなくなる」である。となると、AIが「人」となるには「歌を詠めなくてはならない」ことになる。はたして、AIに歌は詠めるか?
「人間にできることの99%はAIにできてしまう」といわれる。AIのすごさを知れば知るほど、「なるほどそうだ」と思えてくる。しかし、それなら、人間とAIのちがいを生み出す1%とは何なのか?
私には、宣長のいう「歌を詠む」がその1%に相当するように思える。「歌を詠む」とは、自然の美に感動したときに、それを音律ある言語で表現できることを意味する。ただ単に「歌う」のではなく、感じる心をリズムある言葉で即興的に表現できることなのである。
和歌の伝統を熟知していた宣長は、人間だけでなく、あらゆる生物が「歌を詠む」ことができると考えていた。そうなると、「歌を詠む」とは「生命感を表現する」ということになる。人間は言葉をもっているから、その生命感を「言葉」を介して表現する。「これがあなたにはできますか?」と彼は問うたのだ。
AIが論理計算に基づいているかぎり、これはできないだろう。とはいえ、歌詠技術をアルゴリズム化することは可能だから、AIでも「歌が詠めない」とは言い切れない。上手なAIなら、下手な人間よりマシな歌がつくれるのではないだろうか。
問題は、AIのつくる歌が「生きとし生けるもの」の詠む歌と同質かどうかだ。答えは簡単には出ない。何をもって「歌」とするか、その基準があいまいだからだ。「直観的にわかるよ」と言われても、それで人を説得できるだろうか。
「AIは生物でないから意識も感情もなく、従って歌は詠めない」という決まり文句はもはや通用しない。AIの究極の問題は、「世界のすべてが論理計算だけで尽くせるかどうか」である。この問いに答えを出さなくてはならない。
(つづく)
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