【クローズアップ】伊佐市の取り組みを探る 地方の過疎化とどう向き合うか

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 鹿児島県伊佐市は、九州山地に囲まれた県本土最北の市であり、豊かな自然が広がる地域である。しかし、多くの地方都市と同様に、人口減少と高齢化が深刻な問題となっている。本記事では、伊佐市が取り組む具体的な施策を紹介するとともに、過疎地域が発展していくための方策を探る。

伊佐市の現状と発展に向けた取り組み

 鹿児島県伊佐市は、鹿児島県・宮崎県・熊本県の県境に位置し、九州山地に囲まれた盆地を中心とする県本土最北の市である。1954年に旧大口市が発足、2008年に旧菱刈町と合併して、現在の伊佐市が誕生した。しかし、全国の地方都市と同様に、人口減少という大きな課題に直面している。

 2000年には3万3,508人だった人口は2025年3月1日時点で2万2,637人に減少し約32.4%の減少率となり、1世帯あたりの人数も2000年の2.44人から2023年には1.98人に減少している。20年時点で65歳以上の人口は1万166人に達し、15歳未満人口は2,754人にとどまる。人口構成を見ると65歳以上の高齢者が全体の約41.6%を占め、高齢化が極めて進んでいる。

 とくに、基盤産業である農業の後継者不足が深刻で、70歳以上の農業従事者が最多となっており、若手の担い手が減少している。これにより、耕作放棄地の増加や地域経済の縮小が懸念されている。また、労働力不足や産業の空洞化、医療・福祉・交通機関の利便性低下などの課題も浮上している。

 こうした現状を打開するため、伊佐市では移住支援や雇用創出などを推進し、地域の発展に向けた取り組みを進めている。本記事では、伊佐市の具体的な取り組みを基に、過疎地域が発展していくための可能性について考えていく。

移住を望む人たちに選ばれる場所になる

 伊佐市は、日本全体で進行する少子高齢化と人口減少の課題に対応するため、移住者の誘致を重要施策として位置づけている。「第2期 伊佐市まち・ひと・しごと創生総合戦略」や「第2次 伊佐市総合振興計画」においても移住・定住の促進が重点目標とされ、継続的な取り組みが進められている。

 たとえば、移住者の住環境整備と空き家活用を支援するため、「移住・住み替え促進事業補助金制度」を導入。市内業者による住宅新築や空き家改修にかかる経費の5分の1を補助し、移住者には20万円、子育て世帯・若者世帯には5万円、小規模集落への移住には5万円を加算する。さらに、空き家バンク制度を整備し、市内の空き家情報を提供することで、住居の確保を支援している。

 生活サポートとしては、市役所が率先して、移住者からの住居・仕事・生活環境の相談を受け付けるほか、移住者交流会を開催し、地域住民とのネットワーク構築を促進している。また、東京圏からの移住者には、国の制度を活用して支援金を支給。世帯には最大100万円、18歳未満の子どもがいる場合は1人あたり100万円を加算する。

 さらに、市所有の移住体験住宅を整備し、最長27泊まで利用可能とし、移住希望者が田舎暮らしを体験できる環境を提供している。子育て支援にも力を入れ、子育て支援金の提供や保育環境の整備を進め、安心して子育てができる環境を整備。また、鹿児島県も東京や大阪などの都市部で移住相談会を開催し、伊佐市の魅力や支援策を積極的にPRしている。

 これらの取り組みを講じることで、伊佐市は移住者の受け入れを進めている。また、移住者交流会を通じた地域住民とのネットワーク構築などを強化し、移住者が地域に溶け込みやすい環境づくりを進めることで、地域の活力向上につなげている。若者の都会志向やホワイトカラー志向は今後も変わらないだろうが、就農希望者やU・Iターン希望者という一部の層がまったくいなくなるわけではない。地方での暮らしを望む人が選択肢として考えてもらえるよう、これまでの取り組みを継続して進めていく必要がある。

地域資源を活用した産業振興で
より付加価値の高い仕事を

 伊佐市では、移住者の定住を促進するために住宅支援や生活サポートを充実させているが、課題の1つとして就業先の確保の難しさが挙げられる。移住支援策が整っていても、移住者が安定した職を得られなければ、結果的に地域を離れることにつながる。そのため、伊佐市では企業誘致やスモールビジネスの促進など、雇用創出策にも積極的に取り組んでいる。

伊佐ミートプラント 出所:サンキョーミート(株)ホームページ
伊佐ミートプラント
出所:サンキョーミート(株)ホームページ

    企業誘致の面では、製造業や食品加工業など第二次産業を中心に誘致を進め、雇用の場を創出してきた。たとえば、東京の釣具メーカー・(株)三栄は1998年に下殿工業団地に鹿児島工場を設立し、ルアー製造などを行っている。さらに、近年では半導体素材メーカーの(株)サイコックスが大口電子(株)の敷地内に新工場を増設し、地域での雇用維持・創出を進めている。食品分野でも、伊藤ハム系列のサンキョーミート(株)が2023年4月より「伊佐ミートプラント」の操業を開始した。

 一方で、伊佐市の基幹産業は農業や林業、畜産業といった一次産業である。ブランド米の「伊佐米」や鹿児島黒豚、焼酎など豊かな農産品に恵まれている。これらの産業における雇用の安定を維持する取り組みは、すでに伊佐市内で働く人々だけではなく、新規就農者などに対して魅力的なまちづくりを行うことになる。たとえば、若手・女性農業者向けの講座を開催し、主体的に付加価値向上に挑戦できる体制づくりを進めている。それでもなお、農繁期の人手不足や高齢農家の離農にともなう耕作放棄地増加が懸念されており、生産性向上とスマート農業技術の導入や新規就農者支援などによる農業の持続性確保が今後の課題といえる。

日本で唯一の商業的金鉱山 市のブランディングに活用

菱刈鉱山 出所:住友金属鉱山(株)ホームページ
菱刈鉱山
出所:住友金属鉱山(株)ホームページ

    鹿児島県伊佐市にある菱刈鉱山は、日本国内で唯一、商業規模で操業を続ける金鉱山である。国内最大の金産出量を誇るとともに、鉱石1tあたりの金含有量が約20gと世界トップクラスの高品位を誇るこの金鉱山は、市の重要な地域資源である。

 ただし、現在も操業中の菱刈鉱山は坑内見学などの観光客向けの立ち入りは制限されている。そのため、新潟県佐渡市のように金山を観光地として活用することは難しい。そこで伊佐市は、鉱山で湧き出る温泉などの鉱山の価値を間接的に活かす取り組みを進めるなどして菱刈鉱山の知名度を生かした市のブランディングや観光誘致にも取り組んでいる。市の公式PRでは「日本一の金鉱山のあるまち」というメッセージを強調し、全国的な認知度向上を図っている。

避けられない地方の過疎化 政府と各地域の取り組み

 政府は、人口減少や高齢化が進む過疎地域において、地域社会の活力維持と持続的な発展を支援するため、「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法(過疎法)」に基づき、総合的な対策を推進している。主な施策としては、地方交付税、特別交付税、過疎対策事業債の活用といった財政支援、税制優遇、金融支援、人材支援などが挙げられるが、近年は、デジタル技術の活用や、地域住民が主体となる地域運営組織の形成支援を強化し、過疎地域の自立的な発展を目指している。政府は、これらの施策を通じて地域資源を生かした、持続可能な地域社会の構築促進に努めている。

 伊佐市のほか、全国の各自治体においても、過疎地域の持続的発展を目指した取り組みが進められている。そのなかでも、24年度の過疎地域持続的発展優良事例として、総務大臣賞に選出された鹿児島県鹿屋市高隈地区と龍郷町秋名集落の取り組みはモデルケースの1つとなる。

 鹿屋市高隈地区では、「高隈地区コミュニティ協議会」を組織し、住民主導で過疎集落の再生を推進。高齢化で増加する耕作放棄地の解消を目的に休耕地を活用し、住民有志による米づくりを復活させ、地域の子どもたちも参加する田植えや稲刈りといった行事を開催するなど、地域交流の促進に努めた。また、空き家を改修し、移住希望者向けの宿泊体験施設「たかくまふれあい館」を整備し、農業体験を提供することで、移住希望者が地域に馴染みやすい環境を整えている。住民主体のワークショップや先進地視察を重ねた「ALL TAKAKUMA」の取り組みが功を奏し、地域外からの移住者も増え、持続的な地域運営が実現している。

 奄美群島の龍郷町秋名集落では、18年に地元住民と地域おこし協力隊が協力し、(一社)E’more秋名を設立。「50年後も子どもたちが住みたいと思える集落」を目標に、活動拠点として体験型観光施設「荒波のやどり」を開設した。地域住民が都市部の来訪者を受け入れ、伝統文化や祭りの体験を通じて交流を促進し、世代間のつながりを生み出すことに努めた。U・Iターン者が法人スタッフとして地域づくりに携わるなど、持続可能なビジネスモデルを構築し、奄美群島初の総務大臣賞を受賞した。

 これらの事例に共通するのは、地域の強みを生かし、住民主体で活性化策を実施した点だ。高隈地区は「豊かな農地と郷土愛」、秋名集落は「島の暮らし文化」を活用し、外部との関係人口を創出することに成功した。行政の支援を受けつつ、資金調達や運営を住民が主体的に行うことが評価され、受賞に至ったと考えられる。

「夢ある伊佐」地方の可能性を信じて

 地方の過疎化は、どのような対策を講じても、日本の全体的な傾向として避けられない流れだ。もし地方の課題解決を「過疎化の阻止」という命題に限定してしまうとすれば、それはむしろ地方の未来を自ら閉ざしてしまうことになるのではないか。

 そのようななかで伊佐市の過疎対策は、単なる人口減少への対処ではなく、地域の発展に向けた積極的な挑戦として受け止めることができる。市長のリーダーシップのもと、「夢ある伊佐」を掲げ、困難な状況にも前向きに立ち向かう姿勢が、地域の未来を切り拓く原動力となっている。

 たとえば、温泉熱を農業の暖房に活用する試みは、地域資源を最大限に生かしながら、燃料費高騰という課題に対応する市独自の取り組みの1つだ。また、教育日本一のまちづくりを目指し、ゲーム感覚を取り入れた学習法を導入するなど、子どもたちが楽しく学べる環境を整え、長期的な地域活性化につなげようとしている。これらの施策は、過疎化に対する対症療法ではなく、地域の価値創造に重点をおき、過疎化の現状においても期待することができる地域づくりを目指す意欲的な姿勢である。

 24年度の施政方針で市長は「失敗を恐れずチャレンジ精神を持ち続け、最善を尽くしながら精力的に前へ進む」と明言した。ここには過疎化という現実を受け入れつつも、地域資源を生かして、新たな価値を生み出していくことを重視する姿勢が打ち出されている。

 このような伊佐市の取り組みは、過疎対策というあまりにも高すぎるハードルに頭を悩ます多くの地方自治体にとって示唆を与えるものではないだろうか。都市への人口集中と地方の過疎化は避けられない現実だ。しかし重要なのは、人口が減少するなかで、いかにして市民1人ひとりの豊かな暮らしを確保するかという視点だ。

 しかし、こうした取り組みは短期的な成果を求めることが難しく、粘り強い取り組みが不可欠である。移住促進や産業振興、教育環境の整備といった施策は、一朝一夕で結果が出るものではない。10年、20年というスパンで地域の価値を高め、定住者を増やしていく努力が求められる。

 伊佐市のように、地域全体が一体となり、短期的な成果を焦らず、長期的な視点をもちながら、前向きに未来を切り拓く姿勢こそが、過疎地域の生き残りのカギとなる。この挑戦を継続し、さらに深化させることが、次世代に豊かな地域社会を残すための重要なステップとなるだろう。

【岩本願】

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