情報論から見た中国の「一帯一路」国際貿易戦略

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日本ビジネスインテリジェンス協会
理事長 中川十郎

 NetIB-Newsでは、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏の「BIS論壇」を掲載している。
 今回は中川氏から『グローバルアジア・レビュー』掲載の論文を共有いただいたためこれを掲載する。

1.一帯一路の現状と、日本における批判

(1)中国の野心的な「一帯一路」に関しては2013年の習近平国家主席のカザフスタン、インドネシアでの発表以来、かつて商社において20年間8力国に海外駐在し、国際マーケティング、国際市場開拓に尽力。その後、大学へ転身、30年以上国際マーケティング、グローバル市場開拓の学術研究、教育に従事してきた者として関心を抱き研究してきた。

 また10年前から名古屋市立大学22世紀研究所特任教授として未来予測を研究してきたが、実務、理論の両面から中国の「一帯一路」戦略は21世紀の国際市場戦略として画期的なグローバル戦略だと筆者は評価している。

(2)すなわち19世紀のパクスブリタニカ、20世紀のパクスアメリカーナに次ぎ21世紀はパクスアシアーナ、パクスチネーゼ、パクスインジアーナの時代が到来することは確実とみられる。その主要市場はユーラシア大陸が主戦場になることは人口、資源、物流上も自明である。

 急速に衰退しつつある日本にとって、発展しつつある一衣帯水の中国の世界市場戦略の「一帯一路」。その金融機関たる「アジアインフラ投資銀行」への参加が日本生き残りのためにも必須である。しかるに最近の日本企業、経団連、日本政府の中国敵視政策は上記の動きに逆行しており、米国の中国敵視政策に迎合し、問題である。

(3)早急に日本独自の21世紀の通商政策を確立することが喫緊の課題であろう。しかるに日本のメディアには中国の「一帯一路」に対する批判が横溢しており、時代の趨勢に逆行していることは誠に慚愧に堪えない次第だ。将来の発展センターたるアジア、ユーラシア大陸での「一帯一路」への日本の積極的な前向きの対応が強く求められている。

(4)「一帯一路」に対する最近の日本のメディアの批判を以下例に挙げる。
 『選択』24年5月号での論評は下記の通りだ。

 『中国「巨大事業」は頓挫だらけ~東南アジア「一帯一路構想」の大嘘』。「施工率は3割台だ」と報じ批判している。(『選択』24年5月号36ページ)

 「中国~ラオス鉄道では総工費60億ドルだが、ラオスでは3割負担で19億ドルはラオス経済にとって大きな負担だ」。「一方、タイにとっては、習政権が仕掛ける『債務のワナ』がどんな結果をもたらすかは、すぐ北隣のラオスではっきり見ることができる」(同上36ページ)。「習政権の空虚なメガプロジェクトは彼らのいう『人類運命共同体』にたとえようのない損失を生み続けているようだ。」(同上37ページ)

 一方、『新財界往来』24年5月号は『「一帯一路」中国の矛盾』、「大陸国家と海洋大国、二兎を追えば破綻する」と見出しを付け、「共産党政権の強権統治の遺伝子を持つ中国は公共性の強い海洋をも大陸的発想で統治しようとする。この手法そのものがすべての国に開かれた海洋が持つ「自由の海」という魅力をそぎ落していることに気が付かない「中国の悲劇」が存在する。』(同誌55ページ)。実態をしっかり見極めることが肝要だ。

 9月刊の『中国経済「6つの時限爆弾」』産経新聞特別記者田村秀男著、かや書房の表紙帯に『習近平が執念を燃やす「一帯一路」は水泡に帰す』と断言。さらに中国経済について、「不動産バブル崩壊から金融危機へ」「偽りのGDPと需要無視の過剰生産」「グローバル貿易戦争で窮する中国」「激化するモノの消耗戦争が中国を自爆させる」「脱ドルは自爆への道」、「台湾進攻の結末は習近平体制崩壊」と独断している。

(5)「他人のふり見て我が身を振り返れ!」。日本は90年代のGDP世界第2位から2025年にはインドにさえ抜かれ、世界5位に転落するという。

 2024年のGDP1人あたりランキングはカリブの島国プエルトリコ(30位)、バハマ(32位)、アジアのブルネイ(33位)、隣国の台湾(34位)、韓国(35位)、さらにスペイン(36位)、東欧のスロベニア(37位)にも抜かれ38位に落ち込み、G7、先進国でも最低で、恐るべき低落ぶりだ。

 さらに世界購買力で比較すると、青山学院大学・羽場久美子名誉教授の資料によれば、2022年で1位は中国(米日のGDPの合計に匹敵)、2位、米国、3位、インド(日本の2倍)、4位、日本(中国の5分の一、インドの2分の一だ。)東海の小島で自己満足し太平の夢をむさぼっていると、GDP1人あたりでは50位となり、発展途上国なみのGDPに落ち込むのは時間の問題だろう。日本政界、財界、教育界の猛省が強く要請される。

2.一帯一路の源流:シルクロード

シルクロード イメージ    「一帯一路」をより良く理解するために「一帯一路」の源流たる「シルクロード」を一瞥しておきたい。

(1)西暦2世紀に後漢とローマ帝国を結んだシルクロードは中国と西アジア、地中海地方を結ぶ、「オアシスの道」は中国のシルクを運ぶ重要ルートで、これが「シルクロード」の源流となった。このようにして、東から絹や工芸品、西からは宝石、ガラス器、貴金属などが運ばれ、東西物流、文明交流の幹線となった。

(2)後漢は西域50余国を服従させ、シルクロードの大部分を制し、ローマ帝国とは陸のシルクロードのみならず、海のシルクロードも開発し、ローマ帝国との海上交易も活発であった。

(3)これが習近平・中国国家主席が2013年以来、10年以上にわたり注力している「一帯一路」「運命共同体」戦略の源流だ。「一帯一路」は、西暦2世紀以来2000年の歴史を持つ歴史的広域世界貿易戦略でもある。

(4)「一帯一路戦略」は21世紀前半の「中国の世紀」、21世紀後半の「インドの世紀」、さらには22世紀の「アフリカの世紀」に備えた中国の世紀をまたぐ遠大なグローバル広域貿易圏構想である。日本も太平洋の小島から批判ばかりしていないで、21世紀、22世紀のグローバル貿易戦略、人類運命共同体戦略に積極的に関与することこそ肝要だ。

(5)中国は2018年以来コロナもあり途絶していた「中国・アフリカ協力フォーラム」を北京で2024年9月4~6日開催。習主席は未来の大国アフリカの開発援助などに今後3年間で、3,600億元(日本円換算で約7兆円)の支援を表明。アフリカの取り込みに注力している。アフリカ54力国中、台湾と外交関係を結ぶ、エスワテイニ(旧・スワジランド)を除く53力国が参加。同フォーラムは2000年に発足。今回の首脳会議のテーマは『手を携えて現代化を推進し運命共同体を共に築く』であった。

(6)習主席は中国とアフリカの関係を「新時代の全天候型の運命共同体」に高めると宣言。「『グローバルサウス』の現代化の波を起こす」と強調。世界で力を増しつつある「グローバルサウス」との協調関係強化を唱えた。

(7)日本も2025年に3年ぶりに横浜で「TICAD」(東京アフリカ開発国際会議)を開催する。しかし、中国と対抗するのでなく、中国と協力しつつ22世紀の大国に成長するアフリカでの日中協力の模範を示すべきではないか。しかしながら、日本のメディアは「習氏、アフリカ支援減額、3年500億ドル、焦げ付き警戒」(日経9月6日)と相も変わらず、中国批判の記事で横溢している。

3.陸のユーラシアと海洋国家の協働を

(1)地政学の祖、ハルフォード・マッキンダーは「世界を動かすのはイデオロギーではなく、資源と戦略的要地への欲求である」と名言を吐露している。中国は21世紀のシルクロード世界戦略「一帯一路」構想で近代的な先端鉄道網、高速道、海上コンテナ航路、北極海航路開発、さらには航空路線の充実、衛星・北斗による衛星通信網構築などを通じて、21世紀、22世紀に発展するユーラシア大陸の陸、海、空による大物流戦略を推進中である。中国政府は21世紀のシルクロード(中央アジアの陸路とユーラシア南沿いの海上航路)による中国とヨーロッパを結ぶ「一帯一路」の2035年までの実現を目指し、鋭意尽力中である。

(2)中国の「一帯一路」戦略は主要国65カ国にまたがり、その範囲は世界人口の60%、世界GDPの3分の2を占める「大経済圏」構築を目指す「壮大なプロジェクトである。(『ユーラシア帝国の地政学』宮崎正勝、PHP)

(3)「一帯一路」は過去の人類の歴史を形成してきたユーラシア大陸に21世紀に発展するASEANなど東南アジア諸国、21世紀前半に発展しつつある中国、21世紀後半に発展の勢いを増すインド、22世紀に発展するアフリカなど「ランドパワー」諸国である。21世紀は欧米の「シーパワー国」からアジア・ユーラシアの「ランドパワー諸国」が発展する世紀となる。

(4)以上の歴史的背景を踏まえ、わが日本としても、中国、インド、中東、アフリカ諸国との関係強化にさらに尽力すべきだろう。

(5)米国の中国封じ込め策の経済安全保障政策やWTOの貿易ルールにも抵触しかねない極端な高率輸入関税、中国製EVに対する差別的高関税政策は世界の円滑な物流を阻害する要因にもなりかねない、

(6)日本の最大の輸入相手国である一衣帯水の中国との経済・文化面での協力を、遣隋使、遣唐使交流以来の2000年近くの歴史を踏まえ、今こそ、米中対立の緩和に日本が尽力することこそ、太平洋戦後の平和を希求する日本の役割ではないか。

(7)聖徳太子の「和をもって貴しとなす」の精神で、日中関係改善、日中友好関係強化に今こそわが日本は率先して立ち上がるべきであろう。

 そのためには中国と協力し、中国の世界経済、貿易・文化戦略構想の「一帯一路」への協力、さらにその融資機関たる「アジアインフラ投資銀行」などへ率先して参加するなど、100年の大計を見据えた思い切った日本の経済、貿易政策、国家戦略が求められている。

 それがとりもなおさず、低迷、衰退しつつある日本再構築の要だ。以上

主要参考文献:
1.『ユーラシア「帝国」の地政学』宮崎正勝、PHP 2022年8月
2.『2035年の中国』~習近平路線は生き残るか~宮本雄二、新潮新書 2023年4月
3.『グローバルサウスの逆襲』~怒りが世界を覆す~池上彰・佐藤優、文春新書 2024年4月
4.『図解世界史』成美堂出版 2024年5月
5.『「一帯一路」詳説』王義脆、川村明美訳、日本僑報社 2017年12月
6.『一帯一路からユーラシア新世紀の道』進藤栄一、周璋生編、日本評論社 2018年12月
7.『日本が危ない!一帯一路の罠』宮崎正弘、ハート出版 平成31年1月
8.『中国の夢』矢吹晋、花伝社 2018年3月
9.『ユーラシアの地政学』石郷岡建、岩波書店 2004年1月
10.『世界のパワーシフトとアジア』朱建栄編著、花伝社 2017年12月
11.『世界の潮流2024~25』大前研一、プレシデント社 2024年5月
12.『沈む日本4つの大罪』植木一秀、白井聰ビジネス社 2024年7月


<プロフィール>
中川十郎(なかがわ・ じゅうろう)

 鹿児島ラサール高等学校卒。東京外国語大学イタリア学科・国際関係専修課程卒業後、ニチメン(現:双日)入社。海外駐在20年。業務本部米州部長補佐、米国ニチメン・ニューヨーク開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部教授、同大学院教授、国際貿易、ビジネスコミュニケーション論、グローバルマーケティング研究。2006年4月より日本大学国際関係学部講師(国際マーケティング論、国際経営論入門、経営学原論)、2007年4月より日本大学大学院グローバルビジネス研究科講師(競争と情報、テクノロジーインテリジェンス)。

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