トランプ大統領と孫正義氏の共通点:自分はイエス・キリストの再来だ!(後)
国際未来科学研究所
代表 浜田和幸
日米の関税交渉の行方にも暗雲が立ち込めています。もちろん予測不能を売り物にしているトランプ大統領のこと。その常軌を逸した言動には世界中が振り回されており、石破首相も「普通の人ではない」と苦しい胸の内を語っているほどです。いうまでもなく、日本は米国から理不尽な高関税を突き付けられているだけではなく、5,500億ドル(約80兆円)もの対米投資を約束させられています。
トランプ大統領は「俺の指示の下、日本は米国に80兆円ほど投資し、その利益の90%を米国が受け取る」と勝手な思い込み発信を繰り返しています。どの日本企業がいつ、それだけ多額の対米投資を実行するというのでしょうか。そんな状況下、1人気を吐いているのが孫氏です。
ソフトバンクは台湾のTSMCと協力し、アリゾナ州に1兆ドルのロボットとAIの開発製造拠点を設けると表明。「クリスタル・ランド・プロジェクト」と呼ばれていますが、中国の深圳がモデルです。米国内に製造拠点を呼び戻そうというトランプ政策を体現するというのが宣伝文句になっています。孫氏にとっては過去最大の投資案件。米国のラトニック商務長官からもお墨付きを得ていると盛んにPRしています。はたして実現するでしょうか。
さて、世界の目はウクライナ戦争に注がれています。近くアラスカ州でトランプ・プーチン会談も開催される予定。圧倒的な軍事力を誇るロシアに対し、ウクライナはインターネットを味方につけた情報戦、いわゆる「ハイブリッド戦」を巧みに展開し、欧米諸国からの支援を得て、もちこたえているようです。
こうした状況に孫氏は「予想した通りだ。これからの時代はビジネスも戦争もインターネットやAI(人工知能)が左右する」と強気の発言を繰り出しています。実は、米国では民主、共和の党派を問わず、軍需産業がロビー団体として大きな政治力を行使しており、ポンペオ前国務長官、元CIA長官はその代表的な存在です。彼はハドソン研究所で演説を行い、「ロシアと中国を潰すのはキリストの望みだ。アメリカはキリストの教えに従い、同盟国とともに独裁国家と戦う。自前の軍事力を強化し、NATOをヨーロッパからアジア、世界に拡大する」と訴えました。
これには、自らをキリストになぞらえ、「自分は誤解されやすいが、世界の繁栄のために戦う」と宣言してきた孫氏も驚いたに違いありません。というのも、孫氏は軍事的な色彩を強める日米とは一線を画すインドに同調してきたからです。
一時は「これからの世界はインドと中国が牽引していく。米国の時代は終わりつつある」と述べ、米国を見限り、インドや中国に投資を集中させていたのが孫氏でした。実際、孫氏はしばしばインドを訪問し、また来日したインドのモディ首相と1対1の個別会談を重ねていたものです。
孫氏曰く「インドは急成長を遂げている。毎日、新たなスタートアップ企業やユニコーンが誕生しているではないか。インドの未来は明るい。モディ首相はこうしたスタートアップ企業の支援策を強力に推し進めている。インドは世界のハイテク産業の中心になるだろう」。
モディ首相の来日という格好の舞台を得て、「インドにおけるハイテク、エネルギー、金融の主要分野に対する投資や事業拡大」に関する合意を得ることにも成功。というのも、モディ首相は対ロ経済制裁や中国封じ込めの色彩の濃いIPEF(インド太平洋経済連携構想)には積極的ではなく、孫氏をはじめ日本の経済界のトップとの個別会談を重視したからでした。
そうしたインドの非同盟的発想や経済優先政策を理解し、孫氏はモディ首相の懐に巧みに食い込んだといえるでしょう。とはいえ、孫氏は今ではモディ首相とたもとを分かち、トランプ大統領に乗り換えたと言っても過言ではありません。この決断は吉と出るか凶と出るか?
ところで、「ワシントン・ポスト」や「ガーディアン」など世界150のメディアが収集した110万件の極秘ファイル「パンドラ・ペーパーズ」が話題となっています。これらのファイルは200カ国に跨る企業経営者、政治家や宗教家などがオフショアの銀行口座を利用し、税金逃れを重ねてきた実態を明らかにしました。
これまでも、「パナマ文書」とか「スイス・リークス」などが物議を醸しましたが、その流れを行く最新の非合法資金洗浄の告発文書に他なりません。日本人や日本企業も1000社以上が調査の対象になっています。孫氏の名前も挙がっており、本当であれば大問題でしょう。
しかし、取材に応じて、真面目に疑惑を否定するのは日本人だけです。問題視されている大半の外国人は一笑するか、無視しています。孫氏の場合は、自らをイエス・キリストに準えて「誤解を受けやすい」とけむに巻いており、どちらかといえば外国人風です。
連日のニュースになっていますが、米国でもトランプ大統領の評判を落とそうとする情報操作が展開なかで、世界の情報戦は巧妙になる一方です。孫氏はそのあたりを十分に踏まえたうえで巧みな綱渡りを演じているように見えます。孫氏の口癖は「世界の情報データをコントロールする」というもの。ソフトバンク・グループは対米投資額では日本で最大を誇っているわけで、その今後の情報戦略は米国経済の行方を左右する可能性を秘めています。
そんな孫氏曰く「日米で政府系の統合ファンドを立ち上げよう。とりあえず3,000億ドルだ。ベッセント財務長官とは内々話を付けている」。どこまで本当かは分かりませんが、トランプ大統領も大喜びしそうな話です。2人ともできる、できないは二の次で、皆をアッと驚かせることでのし上がってきたショーマンに他なりません。うまく行こうが、行くまいが、最後は「イエス・キリストのいう通り」という決まり文句で決着を付けようとするのが目に見えるようです。
(了)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。