2024年12月22日( 日 )

奨学金返還延滞の若者を自衛隊でインターシップ?

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施祐仁著「経済的徴兵制」(集英社新書) 自衛隊でも「経済的徴兵制」とも言える状況がすでに  貧困層の若者たちが経済的理由から軍の仕事を選ばざる得ない状況のことを、アメリカでは「経済的徴兵制(economic draft)」と呼ぶ。そして、現在の日本でも「アメリカほどでないにしても、自衛隊でも一部に『経済的徴兵制』とも言える状況がすでに生じている」ことが著者の本書執筆の動機である。  布施祐仁氏はジャーナリストで『平和新聞』編集長である。福島第一原発で働く労働者を取材した『ルポ イチエフ~福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)で、平和・協同ジャーナリスト基金賞、日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞を受賞している。 貧富の格差を拡大させる安倍政権の経済政策が伏線に  布施氏は「集団的自衛権」の行使容認が閣議決定した今、自衛官のリスクが誰の目にも明かになり、新隊員の確保が困難になってきた場合は、政治的ハードルの高い徴兵制導入よりも、先ずは「経済的徴兵制」の強化が先に来ると考える。そして、その条件は、「生涯派遣で低賃金」の派遣労働者を一層増大させると懸念されている労働者派遣法の改定など、貧富の格差を拡大させる安倍政権の経済政策によって、着々と作られている。  自衛隊は毎年、市町村が管理する住民基本台帳から18歳の住民の情報(氏名、住所、生年月日、性別)を入手し、7月1日の高校生に対する求人活動の解禁にあわせて、自衛官募集案内のダイレクトメールを一斉に発送している。今年の7月は『苦学生求む!』というキャッチコピーの防衛医科大学校の入学案内チラシも一部地域では同封された。 アメリカでは、巨大な貧困が巨大な戦争を支えている  ところで、「経済的徴兵制」の本家、アメリカではどうなっているのか。本書に登場する海兵隊の元リクルーターは「貧しい若者たちを軍に勧誘するのは簡単」と語る。彼自身がそうであったように、貧困から抜け出そうと思えば、それ以外の選択肢はないからである。  布施氏は「このように貧しい若者たちの命を消耗することで成り立っているのが、アメリカが続ける戦争であり、この国では、巨大な貧困が巨大な戦争を支え、巨大な戦争がさらに巨大な貧困をつくり出している」と語る。  アメリカでは、選択肢がないなかで、軍に入隊した貧困層の若者たちが、海外の戦場で命を落とし、無事帰国してもPTSDで働けず、多くの帰還兵がホームレスになっている現実がある。米退役軍人省によれば、現在1日平均22人(年間で8,000人以上)の退役軍人がPTSDなどで自殺しており、社会問題になっている。  そして、今日本もそのアメリカの後を追うように新自由主義的な構造改革を推し進め、世世界有数な「格差社会」になった。 減少の原因として、「集団的自衛権に関する報道」も  政府が集団的自衛権行使を容認する閣議決定を行った2014年以降、自衛隊の退職者が増えている。防衛省によれば、2014年度の総退職者数は、1万2,500人で、2013年より500人増えている。2014年度は退職者が増えただけでなく、志願者も軒並み減った。「任期制」が2,000人減少、「非任期制」でも一般曹候補生が3,000人以上、一般幹部候補生が500人以上減少している。志願者が減少している理由について、防衛省はマスコミ取材に「景気回復で民間雇用が増えたため」と説明している。しかし、布施氏は防衛省に情報公開請求を行い、2015年4月に開催された、九州・沖縄地方の地方協力本部長会議の説明資料を入手した。それによると、8県中5県で目標を達成できていない。減少の原因として、企業の雇用状況改善とともに、「集団的自衛権に関する報道」が挙げられている。 奨学金返還延滞の若者たちを自衛隊でインターンシップ  では、この減少をどう補填するのか。2014年5月26日に、文科省内の会議室で開かれた「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」の議題の1つが、奨学金の「返還困難者対策」であった。そこで、検討会メンバーである、前原金一・経済同友会専務理事(当時)は、無職が原因で、奨学金返済を延滞している若者について、「現業を持っている警察庁とか、消防庁とか、防衛省に頼んで、1年とか2年のインターンシップをやってもらえば、就職というのはかなりよくなる。防衛省は考えてもいいと言っている」と発言した。前原氏は延滞者を減らす方法として、この無職の人たち(奨学金返還延滞者の18%)を1~2年間の期間限定で自衛隊に受け入れてもらい、就業させることを提案したのである。  アベノミクスで雇用が100万人以上増えたという報道もあるが、増えたのは非正規雇用(178万人増)で、正規雇用は逆に56万人減っている。現在、就業者の約4割が非正規雇用であり、非正規社員の給与は正規社員の6割台である。 国家の命令により命を懸けなければならない仕事である  「経済的な利点を餌にしてリクルートするのは、民間企業でも普通にやっていることではないか?」という疑問に、布施氏は「自衛隊を含めて国防を担う軍事組織(つまり軍隊)には、民間企業と決定的に異なる性格がある」ときっぱりと反論。それは、「国家の命令により命を懸けなければならない仕事」だという点である。戦争は、大量の武器や弾薬とともに人間の命も消耗する。そして、消耗される命のほとんどは、愛国心に燃えた富裕層の若者ではなく、教育を受けたり病院にかかったりする基本的な権利すら奪われている貧困層の若者である。 国民1人ひとりの人権や生命より国策や国益を優先する  最後に、布施氏は今回の安保法制は「国民の命と暮らしを守るため」ではなく、自衛隊の海外任務の拡大で狙っているのは、軍事力を後ろ盾とした「国益」の擁護と追求、すなわち「グローバル市場で日本企業が自由に活動できる環境」を守ろうしているに過ぎないことを喝破している。つまり、自衛隊(自衛官の命)を海外での国益追求のツールとして活用、国民を国策や国益実現のための「資源」として捉えているのである。 【三好 老師】 <プロフィール> 三好 老師(みよしろうし)  ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。 

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