一帯一路日本研究センター
研究員 青山英明
日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS、中川十郎理事長)より、青山英明氏の記事を提供していただいたので掲載する。
序論:ジオエコノミクスの荒波と「経済安全保障」の正体
2025年、G7を中心とするいわゆる国際社会は「自由貿易の黄金期」が完全に終焉し、地政学と経済が不可分に融合した「ジオエコノミクス」の時代へと突入したように見える。かつてリベラリズム経済学が福音として説いた「経済的相互依存が戦争を抑止する」という平和論は、今や「ウェポナイゼーション」という刃に姿を変え、国家間の存立を脅かす最大の要因となっているのではないだろうか。
その象徴的な事象が、再び米国政治の主舞台に現れたトランプ政権による「全方位関税政策」である。これは単なる通商交渉の道具ではない。相手国のサプライチェーンを人質に取り、国家の生存と富を天秤にかける戦略的威圧である。この激動の渦中で、日本の為政者たちは岐路に立たされている――盲従しないものであると思いたい。
一方には、保守強硬派が掲げる特定国への依存を断ち切ることで自律を目指す強硬路線がある。もう一方には、本稿が再検証したい、米中双方から実益を引き出しつつ戦略的曖昧さを残す「ヘッジング戦略」である。一見、前者は愛国的な主権回復に見えるが、その実態は現代の複雑な依存関係を無視した「選択的愛国」であり、国民に天文学的なコストを強いる「不経済の極み」であると言わざるを得ない 。
本稿では、トランプ関税という外部環境の変化を切り口に、日本の真の豊かさを実現するための戦略的良策を検討し、デカップリングの急先鋒を担うことがいかに保守的な愛国から遠ざかる「不経済の極み」であるか、警鐘を鳴らすことといたしたい。
一章:相互依存の泥沼と「選択的愛国」の陥穽
現代の地政学を理解するうえで最も重要なキーワードの1つに「相互依存の泥沼」がある。かつての冷戦構造とは異なり、現代の敵対国同士は、経済という血管を通じて深くつながっている。この「不可分な経済」という構造こそが、現代の戦争のかたちを変質させたといえよう。
一方で「保守本流」を自認する強硬派のコア・メッセージは、先端技術の流出を防ぐことを国防の第一義とし、中国の経済的威圧に対してサプライチェーンの切断で対抗する点にあるように見受けられる。しかし、これは「経済安全保障」という美名の下で行われる、自国の産業基盤に対する「自傷行為」ではないだろうか。アップルやフォルクスワーゲン、そして日本の基幹産業である精密機器・自動車産業にとって、中国は代替不能なマーケットであり、かつ極めて精密なサプライヤーの集積地である。この産業構造を無視し、イデオロギー的に「敵」を排除しようとする行為は、自国の国民が享受すべき経済的豊かさを国家の「意志」の犠牲にする、民主主義と対極に位置する、全体主義的な振る舞いである。
本稿がいう「選択的愛国」とは、特定の政治的シンボルや感情的な対立点においては主権を叫ぶ一方で、その決断がもたらす天文学的な経済コストと、国民生活の窮乏には無頓着である姿勢を指していう。民主主義国家において、国民の生活基盤を破壊してまで「純粋な自律」を求めることは、本来の保守主義が守るべき「国民の安寧」を放棄した「不経済の極み」である。
「保守本流」を自認する強硬派は、靖国参拝や台湾問題において、あえて摩擦を生むことで日本の「譲れない一線」を可視化しようとする動きを、誉れ高いものとしている。これは「抑止論」に基づいた戦略とされるが、その実態は、相手国に「日本は対話の余地がない」という誤認を与え、かえって中国の「地域・国別研究」を誘発させている。日本が相手の土俵に乗せられているという意味で、先の政府要人の失言ともいうべきふるまいは老獪な戦略ではなく、ヒステリックな反応に過ぎないと断じざるをえない。
二章:トランプ関税と「対米従属」の呪縛
「保守本流」と自負する路線が抱えるもう1つの致命的な弱点は、その「強硬さ」が極めて危うい「対米依存」の土台の上に立っていることである。トランプ政権が発動する関税政策は、同盟国である日本をも標的とする。米国が掲げる「アメリカ・ファースト」の本質は、同盟の価値さえも「コスト」として算定する徹底したリアリズムにある。
我々日本人は、11年の「トモダチ作戦」の教訓を忘れてはならない。東日本大震災の際、米海軍は原子力空母ロナルド・レーガンを派遣したが、原発から放出された放射性プルームを感知した瞬間、米軍は自軍の兵士の安全を優先し、即座に回避行動をとった。これは非難されるべきことではなく、国家としての当然の判断である。しかし、ここから導き出された、いわゆる「日米同盟」は「米国は『日本のために』戦うのではなく、『自国の利益』を損なわない範囲でしか動かない」ということであろう。
トランプ政権による関税や安全保障のディールも同様である。米国は、日本が中国とのパイプを完全に断ち切り、米国への忠誠を誓う「デカップリングの急先鋒」となることを歓迎するだろう。しかし、それは日本を守るためではなく、日本を「中国を牽制するための消耗品」として利用するためである。もし米国が中国と劇的なディール(=妥協)を成立させれば、強硬路線を突き進んでいた日本だけが「梯子を外され」、中国という巨大市場からも、米国という安全保障の傘からも見捨てられるリスクを負うことになる。現に高市氏に対し、トランプ氏が「中国を刺激するな」と注意する電話をしたとの報道があがっていることからも、米中の歩み寄りという現実を度外視して、私情のままに振る舞うのは日本の国益になりにくいといえよう。
さらに、日本の主権を叫ぶ強硬派が沈黙し続けている最大の問題が「横田空域(RAPCON)」である。首都圏の上空を他国の軍隊が管理し、民間機が不自由な飛行を強いられている現状は、独立国家として極めて歪な、本来であれば真っ先に解消すべき事態である。対中抑止のために米軍の機動力を優先させるという論理は、結局のところ「主権の一部を米国に差し出すことによる延命」を肯定しているのに過ぎないのではないだろうか。自国の空域すら管理できない国が、経済的なコストを払ってまで中国と対決する姿勢を見せることは、国際社会からは「実力のともなわない強弁」と映るだろう。中国からは日米は対等なパートナーシップではなく、主従関係であると足元を見られ、米国からは「同盟の義務」としてさらなる譲歩を迫られても、現況では日本はバーゲニングパワーを有していない。
(つづく)
<プロフィール>
青山英明(あおやま・ひであき)
一帯一路日本研究センター研究員、南京大学博士課程在学中。南京大学「一帯一路」研究院首席専門家・于文傑に師事し、地政学的ロジックを一次史料に基づく解析で、海のシルクロードと「一帯一路」構想の構造的共通項が、現代の意思決定に与える示唆を研究テーマとする。
実務面では、2007年より香港、蘇州、上海、北京の主要4都市に12年間駐在。証券・PEファンドの立場から、中国経済の変遷と資本論理を現場レベルで一貫して経験した。現在、北京語言大学の非常勤講師として「日中間のビジネス事情」を担当。同時に、中国企業の日本パートナーとして隔月での現地往来を継続しており、企業のハンズオン支援やスタートアップ投資を通じて、現地の最新の意思決定プロセスに直接関与している。








