嬉野市長選に乗じて仕掛けられた企業譲渡 温泉地を縛る負の遺産はどこへ行くのか?
任期満了にともなう嬉野市長選の投開票が1月25日に行われた。選挙戦は新人候補の勝利に終わったが、選挙に先立って現職陣営が切り札として仕掛けたのが、嬉野温泉での「配湯事業の引き受け」構想だ。その背景には、かつて嬉野温泉で絶大な力を有した企業が、バブル期の負の遺産にあえぐ末路の姿と、同地に独特の政治風土があった。
配湯事業引き受け表明で
温泉事業者へのアピール狙う
任期満了にともなう嬉野市長選は1月25日に投開票が行われた。新人で元市議の山口卓也氏(40)が7,330票を獲得し、3選を目指した現職の村上大祐氏(43)の約1,300票差で制して初当選をはたした。
選挙で争点の1つとなっていたのは嬉野温泉の問題だ。昨シーズンに源泉水位の低下が全国的なニュースとなったが、この問題解決の方向性をめぐって考えの異なる有力な旅館事業者がそれぞれ候補者を支援し、市長選はいわば代理戦争の様相を呈していた。村上市長は源泉水位問題が発生して以降、源泉を所有する限られた事業者の集まりである源泉所有者会議の意向に沿う対応を進めたため、源泉を所有しない温泉事業者らの反発を買っていた。劣勢に立たされた村上陣営が市長選に先立って切り札として仕掛けたのが、配湯事業を市が引き受けて公的に管理するという構想だった。
嬉野温泉では源泉を所有する11事業者しか温泉を汲み上げることができない。源泉を所有しない事業者は、嬉野温泉配湯(株)(以下、配湯会社)という企業から温泉を配湯してもらっている。配湯を受けているのは温泉街の温泉事業者の約6割に当たる22施設と170戸程度にのぼる。これらの事業者にとって配湯会社からの温泉供給はまさに命綱だ。ところが、配湯会社が管理する配湯管は敷設から何十年も経過して多くが老朽化しており、漏湯も発生している。昨シーズンに源泉水位の低下問題が表面化した際には、配湯会社が汲み上げる湯量1日当たり約1,000tのうちなんと6割が漏れていることが明らかになり、源泉水位低下の要因の1つとされた。また、配湯会社が引き起こしている膨大な漏湯は1日当たり適正揚湯量が2,500tとされる嬉野温泉の温泉資源そのものを危険にさらしている。しかし、配湯会社自身に問題を解決する力がないことから、温泉事業者らからは行政の介入を求める声が挙がっていた。
村上陣営は、市による配湯事業の引き受け表明が、劣勢を挽回する切り札になると考えたのだ。
市長は曖昧な説明に終始
社長は何十億円を主張
選挙戦を1カ月後に控えた2025年12月23日、村上市長は突如、臨時記者会見を開いた。会見で村上市長は、配湯会社が市に対して事業の売却を申し出ていることを明らかにしたうえで、市が配湯事業を引き受ける方向で検討すると表明した。会見が行われた12月下旬は温泉事業者にとってまさに書き入れ時であり、温泉の消費量が最も多くなるころだ。昨シーズンの問題が解決しておらず不安のなかで営業する事業者らに対して、村上市長の発表は大きなアピールになると思われた。
村上市長の会見は、「嬉野市『配湯』譲り受け検討」として地元紙の佐賀新聞が一面で取り上げたのをはじめ、メディア各社が報じた。ただし、会見では大きな疑問点が残された。それは市として正式な検討を行う前の発表であったため、村上市長は配湯事業を引き受ける場合、「大きな負担が発生する」との認識を示しながらも、「詳細は現時点では不明」としたことだ。さらに引き受ける場合の負担がどの程度になるのかだけでなく、配湯事業のみの譲受か、会社そのものの買収なのかもまるで明確ではなかった。
村上市長の説明に煮え切らなさを感じたためか、一部メディアは配湯会社の代表に取材し、その発言として次のように報道した。
「同社の小原嘉文社長は取材に対し、管全体の更新には数十億かかる見通しを示し、『民間でできる範囲を超えている』と述べた」(朝日新聞デジタル版、12月23日)。
「小原社長は、『配湯管は古いもので50年ほど前のものもあり、すべて交換するには何十億とかかるだろう』と話す」(読売新聞オンライン、12月24日)。
だが報道では「数十億(円)」という規模感だけで、その数字の妥当性は示されなかった。
配湯管の更新費用は
実際には1億円強か
配湯管の更新に本当にそれだけの費用がかかるのか。配湯管については漏湯が問題となって以降、嬉野市が24年度に予算をつけて調査を行った報告書があり、それを基におおよその費用感を算出することは可能だ。
報告書によると、配湯会社の源泉から延びる配湯管のうち現在稼働中の全長は11.3km。そのうち配湯会社が所有して管理や補修を行う「本管」は3.3km。配湯先が所有して管理や補修を行う「枝管」は8.0kmだ。本管3.3kmのうち、側溝などの暗渠に敷設された配管が1.92km、露出配管が0.92km、埋設配管は0.44kmとなっている。また、配管の管径は本管が100A~50A、枝管が50A~25A。管種はSGP鋼管が75%、あとはHTVP樹脂管、ポリエチレンパイプなどが使われている。
配湯会社の管理分である本管3.3kmを更新するのにどの程度費用がかかるのか。嬉野温泉で配湯管工事の事情を知る人の話によれば、最も費用がかかる埋設工事でも4万円/mでできるという。仮に3.3kmすべてを埋設工事で更新しても1億3,200万円。配湯会社の責任ではない枝管まで含めた全体の費用を負担しても4億5,200万円だ。「何十億円」には到底およばない。
しかし、配湯会社代表の発言が、配湯事業の譲渡だけでなく会社そのものの嬉野市への譲渡を想定した費用感だとすると話が変わってくる。では、譲渡に何十億円かかる配湯会社とはどのような会社なのか。
前身企業は2度経営破綻
90年代に巨大施設を運営
市長会見を伝える報道では、配湯会社の正体について一部が「民間企業」と報じただけでそれ以上の説明はなかった。地域資源である温泉の配湯というある意味公共性がある事業を行っているため、公的資本が入った第三セクターのようなものではないかと誤解もされかねない。だが、この企業の正体は100%民間の営利企業である。支配する株主は、その前身企業の時代から今日までずっと民間人であり、前身企業は戦前から長きにわたって配湯事業を続けてきた。配湯事業は本来、利益率が高い事業だ。料金設定と中長期的な設備投資計画さえ立てれば収益構造として成り立つ事業であり、それゆえに民間事業として続けられてきた。しかし、それがなぜ、配湯会社の代表が「民間でできる範囲を超えている」と主張する事態になったのだろうか。
配湯会社の設立は07年9月。前身の企業である嬉野温泉観光(株)(以下、温泉観光会社)の経営破綻に際して配湯事業を継承した。温泉観光会社は1876(明治9)年に地元有志が公衆浴場の改築に共同出資したのが始まりで、嬉野温泉(株)(1903年設立)として浴場運営と配湯事業を行ってきた。その後、経営権を握った小原嘉登次氏(戦後佐賀県政界のドン)が63年に「嬉野温泉観光」に改称、同年、嬉野温泉センターを開設して巨大施設の運営に乗り出した。80年に嘉登次氏の四男・小原嘉文氏(現・配湯会社代表)が温泉観光会社の社長に就任した。80年代にはレジャー需要の拡大にともなって嬉野温泉を訪れる観光客数も増加。嬉野温泉センターも設備投資を繰り返し、87年に「七福神の湯」、さらに91年7月には5種類のプールがある巨大屋内レジャープール「ユーリープラッツ」を開設。投資額は40億円にのぼった。
しかし、バブル経済がピークを超えると嬉野温泉への観光客数も減少の一途をたどった。ユーリープラッツ開設後、同社の92年7月期の売上高は11億円にあがったが当初計画を下回っており、その後も利益面は赤字で推移。一時期50億円に達した巨額借り入れの金利負担も重く資金繰りが悪化し、97年に同社は和議を申請する。負債総額56億円。98年に和議が成立したが、条件は負債56億円のうち30億円について7割を免除、残り3割(9億円)を10年かけて均等分割払いするというものだった。温泉センターの競売は不調に終わり、その後も運営を続けるが、売上高は2006年7月期に5億5,000万円程度とピーク時の半分となり、07年9月に営業を停止。翌年、温泉センターは解体された。
配湯会社誕生の経緯
滞納市税も肩代わり
先述の通り、配湯会社は07年に温泉観光会社の配湯事業を承継するかたちで設立された。しかし、温泉観光会社はいまだに清算されておらず法人として残り、代表は小原嘉文氏のままである。多額の負債を抱えたはずの温泉観光会社を清算しないまま、ドル箱である配湯事業だけを切り離すとはどういうことだろうか。
06年に嬉野市が合併で誕生した際、その時点の監査で温泉観光会社の滞納市税は10億円を超えていたとされる。観光地ではよくあることだが、観光会社が破綻して地元の雇用に悪影響をおよぼすことを避けるため、滞納市税の取り立てや資産の差し押さえを意図的に執行しないことがある。その滞納市税を配湯会社は温泉観光会社に代わって支払い続けているという情報がある。温泉観光会社の一般債権については配湯会社が承継することで合意したと思われるが、滞納市税についても配湯会社が肩代わりをすることで市が配湯事業の切り離しによる存続を認めた可能性が高い。配湯会社は一時、福岡市中央区赤坂を住所とし福岡市在住の人物を代表者としていたが、09年に現商号に変更。24年7月に現代表の小原嘉文氏が取締役から昇任している。07年時点で表面的には配湯事業の経営権が他者に移ったように見えていたが、実際には小原氏が経営権を保持し続けていたものと思われる。
配湯管更新費用の実態
実質的な負債の転嫁
前身企業である温泉観光会社の2度の経営破綻と配湯会社の設立経緯を見ると、配湯管の更新が放置された理由は明らかだ。1991年のユーリープラッツ開設以降、経営難にあった温泉配湯会社はドル箱の配湯事業を営みながらも配湯管の更新に費用を割く余裕はなかった。和議後の2000年代にはユーリープラッツを抱えながら売上高5億円程度のところに返済条件が毎年9,000万円であった。配湯会社が配湯事業を承継した07年9月以降も、実質的に温泉観光会社の債務を承継し支払いを続けていた。
また、未清算のまま残された温泉観光会社と配湯会社の代表である小原氏が発言した「何十億」という費用感についても、配湯事業だけの譲渡を想定したものではなく、前身の温泉観光会社時代からの負債も含めた会社そのものを譲渡する場合の費用感として発言されたと考えるのが自然だ。
温泉地を縛り続ける幻影
配湯事業の引き受けが源泉をもたない温泉事業者に対する選挙アピールになるとはいえ、なぜ村上市長は詳細な検討を行わないまま、このように経営実態が不明瞭な企業からの配湯事業の引き受け表明を拙速に行ったのか。
嬉野温泉では、独占的に温泉を汲み上げることができる「源泉所有者」という特権的事業者が存在し、そのうちの1社である配湯会社がほかの温泉事業者の「命綱」を握っている。全国各地に有名な温泉地はあるが、このような温泉供給体制はめずらしく、その結果、嬉野温泉には特殊な政治と温泉経済の風土が形成されてきた。バブル期まで佐賀県政界に君臨した小原嘉登次氏は、温泉観光会社を支配することで温泉事業者の票固めを盤石にし、44年間にわたって佐賀県議会議員を務めた。かつて温泉地を牛耳った有力企業に往年の力はないが、その形骸のような配湯会社はいまだに温泉地を縛り続けている。村上陣営は配湯事業を利用した集票力の幻影にとらわれていたように見える。
星野リゾート進出
供給元は配湯会社
村上市長の落選で、市で配湯事業を引き受ける構想はいったん宙に浮くかたちとなった。しかし、配湯会社にはほかに身売り話が持ち上がるかもしれず、動向に注目が集まる。ほとんど独占的に温泉供給を行っている同社には新たな有力顧客が舞い込んだ。昨年まで更地だった嬉野温泉センター「ユーリープラッツ」の跡地で現在工事が進められている。施工主はパナソニックホームズ(株)だが、27年春に開業予定の星野リゾートが運営する富裕層向けの高級宿泊施設だ。温泉は配湯会社が供給することで決定しているといわれる。
昨年11月、(株)星野リゾートは地元の事業者らに対してプロジェクトの説明会を行った。同社の進出は嬉野温泉のブランド力と発信力の強化につながるとして、地元では期待する声が大きい。だがその一方で星野リゾートは施設運営に際して必要な温泉量を明言しなかったという。背景には未解決のままの源泉水位問題がある。嬉野温泉の飛躍のためには、温泉資源を保護しながら観光業を活性化できる温泉供給体制の確立が必要だ。そのなかでカギとなる配湯会社は今後どのような動きをするのだろうか。
【寺村朋輝】








