高市政権の対米投資5,500億ドルの狙いと落とし穴(前)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

 高市政権が打ち出した5,500億ドルの対米投資は、単なる対米協調ではない。米国の先端技術を取り込みながら、日本のデータ主権とデジタル基盤の自立を確保しようとする国家戦略でもある。クラウド、半導体、AI、通信インフラを一体で押さえ、「技術は米国、主権は日本」という難しい均衡をどう実現しようとしているのか。その構想の全体像を追う。

トランプ時代の危機と、
対米投資5,500億ドルの発想

 国際情勢はイラン戦争やウクライナ戦争によって緊迫の度合いを高めています。その影響は日米関係にも及んできました。2026年3月19日の日米首脳会談において、高市首相はトランプ大統領に対し、5,500億ドルの対米投資の一環として、米国企業の技術を活用しつつも「日本のデータ主権(デジタル・ソブリン)を確保する」という明確な方針を提示しましたが、その根底がぐらつき始めています。

 自分をイエス・キリストになぞらえ、あたかも神様のように振る舞うトランプ大統領によって、世界はかつてない危機的状況に追い込まれてしまいました。高市首相は「世界を平和で繁栄させる力があるのはドナルドだけだ」とトランプ大統領を持ち上げましたが、現実はトランプ大統領の一存で世界は破壊と殺戮の嵐のなかに飲み込まれたと言っても過言ではありません。日本とすれば、対米戦略を再構築する必要があるでしょう。

 その突破口になり得るのがデジタル分野での日米の役割分担に向けての協議です。これからの時代は戦争も経済もデジタル化が避けられません。そのため、高市政権は日米が資金と技術を共有し、相互依存関係を一層高めようとしています。その中心に位置づけているのが、政府データの安全性を担保するための「セキュアで主権的な独自のクラウド基盤」を整備する計画です。この提案には、トランプ大統領も歓迎の意向を示しました。

 独自基盤の開発にあたり、米国の高度なクラウド技術の基準や要件に関する知見を共有するためのワーキンググループを設置することでも合意しました。必要に応じて日米の民間企業からも専門知識を求めることとしており、ワシントンで開かれた夕食会にはGoogleのピチャイCEOやソフトバンクグループの孫正義会長らも同席したものです。

「利便性」と「主権」の
両立を目指すクラウド戦略

イメージ    高市首相は、経済安全保障の観点から「利便性と自立性の両立」を重視しています。たとえば、米国技術の「使い倒し」という発想です。AIや量子技術、ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)などの分野で米国IT大手の最新技術を積極的に取り入れ、日本の経済成長を加速させる考えに他なりません。

 その一方で、外国の法律(米国のCLOUD法など)の影響を避けるため、重要データは日本国内で管理し、日本が最終的なコントロール権を握るべきだと考えています。そのため、特定のベンダーに依存しすぎる「ベンダーロックイン」を警戒しており、国産クラウド(さくらインターネット等)の育成や、米国の複数のサービスを組み合わせる「マルチクラウド」戦略を推進しているわけです。

 その観点から、高市政権は経済安全保障を重視し、「デジタル主権(ソブリン)」の確保を目指しており、国内企業とのバランスについても配慮する姿勢を見せています。そのため、政府は「ガバメントクラウド」の選定にあたり、ISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)などの厳格な基準(約300項目以上)を設けました。

 膨大なデータを処理するAI開発環境、高度な認証システム、複数のデータセンターによる可用性(止まらない仕組み)において、現状では米国のAWSやAzureなどの「ハイパースケーラー」が圧倒的に優位であるからです。それゆえ、国産クラウドの育成を急いでいます。

 23年には、単独では基準を満たすのが難しかった国内企業に対し、他社との連携を認めるなど要件を柔軟化。これにより、さくらインターネットが国内企業として初めてガバメントクラウドに採択されました。

 政府は、「技術的な利便性の享受」と「経済安全保障上の自立」を両立させるハイブリッド戦略をとっています。米国製クラウドを「エンジン(動力源)」として活用しつつ、日本が「ハンドル(制御)」を握り続けることで、長期的なデジタル主権(ソブリン)を確保しようと考えているわけです。

 また、5,500億ドルの対米投資パッケージ(第一陣は人工ダイヤ製造や原油輸出インフラ等)を「手土産」に、日本のデジタル独立性への理解を取り付けるという、高度な政治的バーターを行っています。

 言い換えれば、高市政権は、米国を「欠かせない技術パートナー」と位置づけつつも、「経済安全保障」を盾に、データの置き場所や重要技術の国産化(ラピダス等)において譲れない一線を引くことで、実利と主権の均衡を図っているわけです。

Society 5.0を支える
半導体・AI・通信インフラの国産化

 その目標の実現を視野に、高市首相はSociety 5.0の実現には「外資依存」からの脱却と「自律したインフラ」が不可欠だと考えています。データの主権(デジタル・ソブリン)を重視し、Society 5.0ではあらゆる生活データがクラウドに集まることを想定しており、これを米国IT大手に握られ過ぎないよう、先の日米首脳会談でも合意された「セキュアで主権的なクラウド基盤」の構築を加速させているわけです。

 そのために欠かせないのが半導体とAIの国産化です。AIが社会を動かす「脳」になるため、その計算を担う次世代半導体(ラピダス)や、日本の文脈を理解する国産LLM(生成AI)の育成を強力に支援しています。

 たとえば、通信インフラ(IOWN)の強化です。膨大なデータを遅延なく送るため、NTTが提唱する光通信技術「IOWN」をSociety 5.0の不可欠な神経網として位置づけています。

 とくにラピダスとIOWN(アイオン)は、「AI・半導体」および「高度情報通信インフラ」分野の核心と位置づけられ、空前の規模で支援が行われています。27年の2ナノメートル(nm)世代の最先端半導体の量産開始を目指し、政府は「筆頭株主」として深く関与しているほどです。これまでに決定した累計3兆円規模の政府支援(補助金・出資)に加え、26年度予算案でも1.2兆円超を計上しています。

 これは通称「ラピダス支援法」(改正情報処理促進法)と呼ばれるものですが、政府保有の工場・装置の現物出資や、民間融資(最大2兆円規模)への政府保証を可能にしました。25年7月には北海道千歳市の試作ラインが稼働し、動作確認に成功しています。

 さらには、NTTが主導する光技術を用いた次世代通信基盤「IOWN」は、Society 5.0の「神経網」として重視されています。その結果、政府が掲げる「17の戦略分野」のうち「高度情報通信インフラ」の柱として、研究開発予算が優先的に配分されているわけです。

 中期的な目標も明らかにされています。30年を目標に、電力効率100倍、伝送容量125倍を目指し、AIの普及にともなう電力不足問題を解決する「日本発の標準」として世界展開を後押ししています。

 それと同時に、高市首相は、エネルギー、食料、サイバーセキュリティなど優先61品目について投資の行程表を提示。それによれば、経済波及効果は大きく、30年度までの7年間で10兆円以上の公的支援を行い、10年間で50兆円超の官民投資を引き出すことで、約160兆円の経済効果を狙っている模様です。

(つづく)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

関連キーワード

関連記事