国際未来科学研究所
代表 浜田和幸
高市政権が打ち出した5,500億ドルの対米投資は、単なる対米協調ではない。米国の先端技術を取り込みながら、日本のデータ主権とデジタル基盤の自立を確保しようとする国家戦略でもある。クラウド、半導体、AI、通信インフラを一体で押さえ、「技術は米国、主権は日本」という難しい均衡をどう実現しようとしているのか。その構想の全体像を追う。
孫正義氏とさくらインターネットの補完関係
孫正義氏とさくらインターネットは、日本のデジタル戦略において「外資との架け橋」と「国内の砦」という、対照的かつ補完的な役割を担っています。孫氏は、高市政権にとって「トランプ政権との最強のパイプ役」であり、日本のAI戦略を動かす実質的なエンジンです。
対米外交への影響力も大きいわけで、高市政権にとっては頼もしい存在に他なりません。26年3月の日米首脳会談にともなう夕食会にも同席していましたが、トランプ大統領が重視する「米国内での雇用と投資」を約80兆円規模の投資パッケージ(AIデータセンター建設など)で体現し、日米交渉を円滑にする「民間外交官」として絶大な影響力をもっています。
高市首相は、孫正義氏の率いるソフトバンクについては、世界最速の「攻め」の道具(米国製AI・半導体)を日本にもってくる役割を期待し、さくらインターネットについては、万が一の米中衝突や米国の政策変更時に、日本のデータを守る「守り」の盾の役目を期待しています。
とはいえ、国内のクラウド市場は米国企業の寡占状態で、アマゾン、マイクロソフト、Googleの3社で8割を占めています。デジタル庁の調査によれば、多くの自治体が選んでいるのはアマゾンのクラウドで、全体の8割に当たる1,580の自治体が利用しています。
他方、中央官庁の情報システムは26年1月末時点で1,100のうち160しかクラウド事業者が決まっていません。そのため、さくらインターネットには大きなチャンスがめぐってくる可能性もあります。
ソブリンAI構想の現実と、米国依存の深さ
基本的な発想は、他国のリソースに頼らず、自国のデータと言語環境に最適化した「ソブリンAI」の構築を国家戦略として進めることです。25年12月に閣議決定された「AI基本計画」に基づき、NTT、ソフトバンク、NECなどの民間企業と連携し、日本語に特化した高品質な基盤モデルの開発を支援しています。
重点投資先としては、AIや半導体(ラピダス等)を含む17の戦略分野を特定し、30年度までに10兆円超の公的支援を行う「官民投資ロードマップ」を提示しています。経済安全保障推進法に基づき、クラウドプログラムを「特定重要物資」に指定し、供給網の強靭化を図っているわけです。
こうした戦略により、日本は米国を不可欠な技術パートナーとしつつも、「エンジン(技術)は米国、ハンドル(管理・主権)は日本」というハイブリッドな体制の確立を急いでいます。課題もあります。ソフトバンクの現実は、日本最大級のAI計算基盤を構築していますが、その心臓部はNVIDIA(米企業)のチップであり、OSやAIモデルの根幹も米国発という状況です。そのため、米国が「チップの供給を止める」といえば、ソフトバンクのAI戦略は即座に停止します。
一方、NTTの現実についても課題があります。IOWNは「日本発」ですが、その開発パートナーにはインテルやマイクロソフトなどの米国勢が名を連ねていることです。世界標準にするためには米国の協力が不可欠であり、「純国産」で完結することは不可能と言わざるを得ません。
さらにいえば、両社とも、グローバルな機関投資家(多くは米国系)からの資金調達に依存しており、株主の意向や米国の金融規制を無視して動くことはできません。
日本のインフラは「米国の技術」という土台の上に建っています。日本政府は、その土台を壊すのではなく、「土台の一部に日本にしかつくれない重要な柱(ラピダス、IOWN等)を差し込む」ことで、米国からの理不尽な要求を拒絶できる「発言権」を確保しようとしているのです。
国産化の高コストと、ハイブリッド戦略の成否
米国ビッグテック(AWS、NVIDIA、OpenAI等)の投資規模は、日本政府の支援額をケタ違いに上回ります。そのため、懸念されるのが、日本が「国産クラウド」や「国産AI」を完成させたときには、米国の技術が2世代先に進んでおり、結局「型落ちの国産」を無理に使うことになりかねないという点です。
そもそも、さくらインターネットはガバメントクラウドに正式採択されましたものの、機能数やAI開発環境では依然としてAWSなどに大きな差をつけられています。要は、世界標準の米国サービスを使いながら、別途「日本専用」のインフラを維持するのは極めて非効率というわけです。
実際、米国へのライセンス料に加え、国産インフラの維持費(補助金)という「二重のコスト」が国民負担(税金)として跳ね返ることになります。26年度予算でもデジタル関連予算は膨張しており、「安価な行政サービス」という当初の目的が揺らいでいるではありませんか。
トランプ大統領にとって、日本の「デジタル主権」は交渉のカードに過ぎません。
そのため、日本が「独自クラウド」を強調しすぎると、トランプ氏が「米企業の利益を阻害している」と見なし、関税や防衛費負担増を引き出すための材料に使われるリスクがあります。
そうした背景から、先の首脳会談でトランプ大統領の「歓迎」を得るために、高市首相は5,500億ドルの対米投資を約束せざるを得なかったのです。さらにいえば、箱(インフラ)をつくっても、それを運用・守備できる高度なエンジニアが圧倒的に足りていません。
外資系企業との「年収数千万円単位」の人材争奪戦に、日本政府や国内企業が勝てず、「守り(セキュリティ)がザル」な独立性になってしまう恐れが払拭されません。そもそも、自治体のシステム移行現場では、エンジニア不足により納期遅延やコスト高騰が常態化しているのですから。
高市政権は、これらの懸念を承知の上で、「それでも他国に生殺与奪の権を握られるよりはマシだ」という判断で突き進んでいます。この「ハイブリッド戦略」が単なる「税金の無駄遣い」に終わるのか、それとも「真の独立」につながるのか。そのカギは、「27年のラピダス稼働」までに、日本は「米国がどうしても欲しがる独自の急所(技術)」を1つでも完成させられるかにかかっています。
(了)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。








