心にしみ入る木版画 埋もれた作家「武藤信義」(後)

福島自然環境研究室 千葉茂樹

 記事中に掲載されている作品は、すべて所有者の許可を得て掲載しています。

無人発電所(不明、1974?)画像04

 制作年はない。英語のサインから見て1974年頃と推察される。

 非常に無機的な印象の作品で、彼の心象風景であろう。闇のなかに、真っ白く浮かび上がる無人の発電所。しかも真正面からの描写である。月明かりに写し出されているように私は感じる。屋根の上の通気口(短い煙突?)が何ともかわいらしい。私には、彼の心を映した作品に思える。彼の心は「常に孤独」であったのかもしれない。

 場所は、おそらく猪苗代町の沼ノ倉発電所。これにも余談がある。この場所は、太平洋戦争末期、電力不足に見舞われた日本が、朝鮮人や中国人を強制労働させてつくった発電所である。死者も多数出たという。彼らの無念の思いが漂っていると思うと、また別の見え方がする。

無題(1983)画像05

 会津の寺院の山門である。冬の会津の風景、山門を見上げる構図、そこに親子が入ろうとしている。私には「老婆と孫」に見える。その後ろ姿が何とも微笑(ほほえ)ましい。また、構図自体がやや左寄りで、見る者の視線を画面の左側にくぎ付けにする。心憎い構図である。場所は会津の寺院と考えられるが、私には特定できない。

 彼の作品を年代ごとに見比べると、83~86年頃が最も脂の載りきった時期に思える。この作品がまさにその時期である。それ以降は、「構図」も「摺り」も申し分ないが、「型にハマった作品」になり面白みに欠ける。別の言い方をすれば、見る者に与える「訴える力(訴求力)」が弱くなっている。

 私からいえば、不完全な構図のなかにこそ、見る者に訴えるものがある。整った構図など面白みがまったくない。そのような作品は、AIで描いたものと同じで独創性がまったくない。

モロッコにて(1975)画像06

 武藤氏の海外旅行での作品である。彼の作品のなかでも異質で「明るさ」が感じられる。彼の作品は、白・黒・灰色を多用している。そのなかでも、黒や灰色が多く、全体的に重い印象が強い。

 この作品は、それとは逆で「白」が多く、地中海の沿岸の「強い陽光」を感じさせる。人々の姿は凝った表現ではないが、人々の動きや活気が感じられる。彼の「海外旅行に行った喜び」「浮かれる気持ち」が感じられる作品である。また、彼の作品には珍しく「空が青」である。

MONT MARTRE(1981)画像07

 パリ・モンマルトルの路地の風景。有名どころのサクレ・クール寺院やテルトル広場でないところが彼らしい。この付近の路地は、石畳が美しい。ところが彼は、石畳ではなく、建物の壁に美を見いだした。壁の凹凸の光と影を、色彩をまじえて描いている。

 また、傾いた縦線を伸ばせば地下で収れんする(1点に集まる)。彼は、その効果も考えて、傾いた縦線を描いたのであろうか。私には「不安定さのなかの美」に思えてならない。

黒塚(1981)画像08

 これは能の「黒塚」。安達原(あだちがはら)の鬼婆伝説である。安達原は、福島県二本松市にあり、現在は観光施設ができている。話は「修験者一行が、安達原を通ったが泊まる宿が見つからない。その荒野のなかに、みすぼらしい一軒の家を見つけて『一夜の宿』を懇願する。老婆が1人住んでおり、糸繰り作業をしながら身の上話をする。その後、老婆が薪を取りに行く。その隙に寝間を見ると、人骨が山のようにあった。老婆は、安達原の黒塚に住む鬼であった。」。

 木版画は、その老婆が身の上話をする様子を描いたもの。ススキやハギなどに覆い尽くされた荒涼とした風景、そのなかで枠桛輪(わくかせわ、糸繰り道具)を回しながら身の上話をする老婆、その陰には鬼の姿が見え隠れする。手前の「褐色の霧」のかすれ気味のインクは、あえて鬼婆の姿が浮き出るようにしたものか。何とも心憎い表現である。

無題(1988)画像09

 晩年の作品。完成の域に近づき、構図・色彩効果・摺りとも申し分ない。斎藤清氏の作品を彷彿させる。多分、彼の作品のなかでは、「最も一般受け」するであろう。

 大雪後の「雪かたし」である。会津では片づけを「かたし」という。まず、雪の白さが目立つ。屋根で作業する人が動的な変化を与えている。さらに、雪の日陰を明・暗の灰色で表現し、立体感を与えている。彼のこれより前の作品では「縦横線が曲がっている」が、この作品では直線状で不安定さがまったくない。樹木の表現が影絵のようである。また、画面右の土蔵の壁を黄色に彩色し、雪のモノトーンの風景のなかに色彩を与えている。まとめれば、明暗(雪と影)、黒の表現(影絵様の木)、動的表現(屋根の人)、色彩表現(土蔵の壁)、摺り、どれを取っても完ぺきに近い。

 私個人の感想は、整いすぎてまったく面白みがない。このような表現では、全国的に有名な斎藤清氏に比較され、その「名前だけで負けて」しまう。彼の真骨頂は一見不安定な構図のなかにあるバランスであり、立体感であり、光である。

お土産屋の包み紙 画像10

 彼は、地元猪苗代のお土産屋の包み紙もつくっていた。猪苗代町周辺を1枚の紙にまとめている。右上部に「クマの姿」が彫られている。彼の遊び心であろうか。こんな包み紙に包まれたお土産をもらったら、楽しくてたまらない。

 磐越自動車道が描かれていないことから、80年頃の作品と推察される。なお、このお店はすでに閉店している。

劣化がもたらす効果 画像11・12

 画像11は、摺りの助手の家で、ファイルに保存されていた。題は「鳩のいる街」。76年の作品である。状態から見て、地中海旅行の作品であろう。石畳が印象的な裏通り、そして自由に飛び交う鳩の群れ。彼は、何の変哲もない町裏を描いた。そして、左側の建物の壁に色彩を入れた。その下の歩道の「白」は光の反射であろうか。彼独特の表現で多くの部分は灰色、「空も濃い灰色」である。前にも書いたように彼の基本は「光と影」、すなわち「明暗の世界」である。これに、効果的な色彩を加えている。

 画像12は、日当たりの良い2階に飾られていた。日焼けがひどく、全体に褐色化している。白はオレンジ色っぽく、灰色は青みを帯びて暗くなり、左側の店の壁は紫色になっている。この変化により、単なる裏通りの風景が「夕闇迫る」裏通りに変わった。何とも暖かい。褐色の変化が、見る者の想像力を掻き立て、作品に新たな息吹を与えた(画像12)。

 突っ込んでいうならば夕闇迫る裏通り、そこに地平線すれすれの夕日が左真横から差し込み、中央の建物を照らし出している。その照り返しで左側の壁も紫色に輝いている。石畳で「急げ」と餌をついばむ鳩。「劣化とは何なのか」を考えさせられる。

最後に

 武藤信義氏の作品は、いかがであっただろうか。地方で一生を過ごした作家、彼は一貫として「趣味」で作品をつくった。金のためではない「自分のため」につくった。だからこそ、私の心に突き刺さった。私は、彼の存命中に「彼を知らなかったこと」が悔やまれる。

 なお、昨年(2025年)、個人美術館「猪苗代アートコレクション」が開設され、武藤氏の作品も数点展示されている。私の知るところ、この場所以外に彼の作品の展示はない。

 この記事を作成中に、武藤氏の娘さんと連絡が取れた。今後、作品をお借りすることとなった。私が感激する作品に出会えたならば、またご紹介したい。

(了)


<プロフィール>
千葉茂樹
(ちば・しげき)
千葉茂樹氏(福島自然環境研究室)福島自然環境研究室代表。1958年生まれ、岩手県一関市出身、福島県猪苗代町在住。専門は火山地質学。2011年の福島原発事故発生により放射性物質汚染の調査を開始。11年、原子力災害現地対策本部アドバイザー。23年、環境放射能除染学会功労賞。論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論⽂
磐梯⼭関係の論⽂
ほか、「富士山、可視北端の福島県からの姿」など論文多数。

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