福岡市政に10の提言(6)地雷原に刻んだ30年の軌跡と、福岡の若者たちへ託す「実践」の哲学
(一財)カンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)
理事長 大谷賢二
理事長 大谷賢二氏
私は、かつて日本初のパラグライダー・インストラクターとして空を駆けたほか、未知の世界を求めて世界中を旅しました。その私が、なぜカンボジアの地雷問題に、人生の後半すべてを捧げることになったのか──。それは、理屈ではなく「現場」で目にした光景が、私の魂を激しく揺さぶったからです。
私の行動原理は若いころから一貫していて、「思ったらやる」「やりながら考える」というものです。1970年代、まだ海外旅行が困難でドルの持ち出し制限もあった時代、私は「行ったことがないところに行きたい」という一心で、中国やソ連へと飛び込みました。ソ連ではスパイ容疑をかけられ、大事なカメラや地図を没収されるといった苦労もありましたが、そうした実体験こそが、私の骨格をつくりました。
カンボジアで受けた衝撃
96年、初めて訪れたカンボジアの路上で、手足を失い物乞いをする人々の姿を目の当たりにしました。当初、それらは過去の内戦時の傷跡だと思っていましたが、調べていくうちに、違うと知りました。カンボジアでは内戦時代、ポル・ポト派やカンボジア政府軍、侵攻したベトナム軍などがおびただしい数の地雷を埋設しており、その“負の遺産”である地雷が、平和が訪れた後も現在進行形で、カンボジアで暮らす人々の手足、そして命を奪い続けているという恐ろしい現実を知ったのです。
私はその場で決意しました。「何とかしなければならない」――と。難しい理論を構築する前に、まずは一歩を踏み出す。「考えるだけで、動かない」というのは、私が最も嫌う行為です。そして98年5月、福岡を拠点に仲間10人とともに、カンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)を立ち上げました。
支援の可視化と共感の輪
地雷撤去と聞けば、国家レベルの莫大な予算が必要だと思われがちですが、現地を歩けば別の側面が見えてきます。私は「1平方メートルの地雷原を安全にするのに約100円(75セント)」で済むという事実、そして義足1本が約3,000円でつくれることを知りました。
そこで、自身の本業である広告・イベント業で培った知見を生かして、「100円玉1枚で1平方メートルの命を救える」というキャッチコピーを打ち出しました。この具体的な数字が、小学生がお小遣いを握りしめて参加できるほど、「身近な支援活動」を生み出したのです。長野五輪の聖火ランナーを務めたクリス・ムーン氏の、右の手足を失いながらも走り続ける勇姿も、私たちの活動の大きな追い風となりました。
私自身も取材を受けたり講演を依頼されたりするようになり、私たちの活動は次第に認知され、広がっていきました。
福島・安部さんとの約束と
「教育」への転換
これまでの活動のなかで、最も忘れられないことの1つは、福島県の僧侶・安部さんとの出会いです。突然、電話で連絡してこられた安部さんは、面識もない私のことを「新聞記事であんたの活動のことを読んだ。あんたのことを信用する」とおっしゃってくださり、ご自身の死期を悟りながらも、多額の寄付を申し出てくださいました。その安部さんの寄付があったからこそ、私たちは地雷原の村に、新たに学校をつくることができたのです。
学校建設のメドがついたところで、報告のために病床の安部さんのもとを訪れ、完成間近の学校に通う予定の子どもたちの写真を見せた翌朝、彼は静かに息を引き取られました。安部さんの遺志は、今も「CMCポップイ安部小学校」に飾られた遺影とともに、子どもたちの成長を見守っています。
なぜ、学校なのか──。それは、最貧困地域の農民たちから、「私たちは文字が読めないがために、これまで土地を騙し取られてきた。子どもたちには知恵を授けてほしい」という切なる願いを受けたからです。地雷を撤去した後の土地に、学校を建てる。それは、貧困と搾取から身を守る「砦」を築くことなのです。
福岡の若者たちへ──「目先の利益」を超えた骨太な人生を
今、私が拠点とする福岡でも、多くの若者たちと接する機会があります。九州大学や修猷館高校、中村学園大学などでの講演を通じて感じるのは、今の若者たちが少し「評論家」になり過ぎているのではないかという危惧です。
かつてCMCの駐在員としてカンボジアへ赴いた若者たちは、今の時代とは比べものにならない、通信手段すらない過酷な環境に、身を投じました。親の猛反対を押し切り、大学卒業の翌日から現地へ向かった女子学生もいました。彼らは帰国後、例外なく「芯の通った骨太な人間」へと成長しました。
就職活動のために英語を学ぶのも良いでしょう。しかし、自分ですべての責任を背負い、現場で格闘した経験に勝るものはありません。実際に現地で1年間やり抜いた学生は、数名しか採用されない大手企業の内定を一発で勝ち取っています。それは、小手先のテクニックではなく、その人の内側に宿る「魂」が評価された結果です。
福岡の若者諸君、自分さえ良ければいいという考えを捨て、もっと熱く燃えてみませんか。燃える対象が見つからないのは、何もやっていないからです。まずは現場に飛び込み、誰かの役に立ってみる。その「熱狂」こそが、君たちの人生を本物にしていきます。
現在、私は自身の病と向き合う日々を送っています。これまでのCMCの活動を振り返れば、新型コロナウイルスの影響で現地事務所を一時閉鎖せざるを得ない苦境もありました。しかし、理屈ではなく「縁」を大切にしながら、活動を続けてきたことに後悔はありません。
現在、CMCの理事長の職は後継の曽和英徳氏に譲りましたが、私の抱えている想いすべてを引き継いでもらうのは、やはり難しいものです。ですから、彼を支えながら、自らの経験を伝え続けることが、今の私の使命であると考えています。
カンボジアでは今、経済発展の影で格差が広がり、権力者による支配という新たな課題に直面しています。それでも、かつて地雷原だった場所に学校ができ、そこを卒業した子が先生となって戻ってくる姿を見るとき、私たちの30年の歩みは、決して間違ってはいなかったと確信しています。
福岡の地から、カンボジアの、そして世界の未来を思う若者が1人でも多く現れることを願ってやみません。
<プロフィール>
大谷賢二(おおたに・けんじ)
1951年福岡市生まれ。福岡県立福岡高校、九州大学法学部卒。98年5月にNGOカンボジア地雷撤去キャンペーン結成。2008年12月にアジア人権基金より「アジア人権賞」を日本人として初受賞。11年4月に(一財)カンボジア地雷撤去キャンペーンを設立。








