大規模地震への遭遇を通じて実感した「運を整えること」の意義

気学導与会 会長 中馬導与 氏

 その日、私は熊本県内の顧問先事務所で、強い揺れに襲われた。もし普段どおりの習慣で行動していれば、地震発生の瞬間、私は新幹線の車内にいたはずである。しかし、なぜかその日に限って、いつもとは違う判断を重ねていた。自分の力ではどうすることもできない災害に巻き込まれたとき、日頃から運を整えておくことにどのような意味があるのか。私自身の体験を通じて、改めて実感したことをお伝えしたい。

習慣を変えた1本の新幹線

 私は大規模な地震が発生した際、熊本県内の顧問先事務所に滞在しており、現地で非常に強い揺れを経験した。

 当日は、鹿児島での予定を終えた後、熊本へ移動する日程となっていた。私は毎月、鹿児島と熊本を訪問しており、普段は鹿児島中央駅で事務作業を済ませてから新幹線に乗ることを、ある種の習慣としていた。
 しかし、その日に限っては、なぜか鹿児島中央駅で事務作業をする気にならなかった。早めに熊本へ向かおうと思い、そのまま新幹線に乗車した。

 私が乗った新幹線は、熊本駅に午後4時4分に到着した。次の新幹線は、午後4時41分に熊本駅へ到着する予定だった。地震が発生したのは午後4時27分である。

 仮に普段どおり鹿児島中央駅で事務作業を行い、次の新幹線に乗っていた場合、地震発生時には新八代駅付近を走行していたことになる。地震の影響を考えれば、その列車が予定どおり熊本駅へ到着できたとは考えにくい。

 私は、いつもの習慣を変えて1本早い新幹線に乗ったことで、地震発生の23分前に熊本駅へ到着することができた。結果として、その日の何気ない判断が、地震発生時に新幹線の車内で立ち往生する事態を避け、予定どおり熊本市内の顧問先事務所へ到着することにつながった。

電柱が倒れて止まった在来線、7月30日 撮影:当社取材班
電柱が倒れて止まった在来線、7月30日 撮影:当社取材班

次々に伝えられた被害状況

 地震発生時、私は熊本市内の顧問先事務所にいた。当日は、同事務所で企画に関する勉強会を開催する予定だったが、地震によって参加者の自宅や会社が大変な状況となったため、勉強会はその場で中止され、解散することとなった。

 その後、事務所内でNHKの報道を確認した。九州自動車道に亀裂が生じていること、八代駅で貨物車両が転覆していること、八代市内にある日本製紙の工場の煙突が折れていること、さらにイオンモール熊本が甚大な被害を受けていることなどが、次々と報じられていた。
 九州自動車道、八代駅、日本製紙の工場、イオンモール熊本という順に被害の映像が流れたため、私はイオンモール熊本も地震によって崩落したのではないかと思った。一連の報道を見て、非常に大きな災害が発生したのだと実感した。

熊本市内のホテルへ向かうまで

 私は、その日は熊本市内のホテルを予約していた。一方、熊本のホテルと同じ系列に当たる博多のホテルから連絡が入り、熊本で宿泊できない場合には、博多まで来てもらえれば部屋を準備するとの申し出を受けた。私は当初、熊本市内のホテルに宿泊し、翌朝に博多へ向かう予定だったため、その申し出をいったん辞退した。

 熊本市内のホテルに電話をしたところ、営業は継続しているものの、エレベーターが故障しているため、フロントのある12階まで非常階段で上がってほしいとの説明を受けた。重いスーツケースと手荷物を持っていたため、12階まで階段で上がることは大変ではあったが、宿泊できるのであれば問題ないと考え、その時点では熊本のホテルに泊まることを決めた。その旨を、連絡をくれた博多の系列ホテルにも伝えた。

 当日は非常に暑かったこともあり、日が沈んでからホテルへ移動しようと考えていた。午後6時過ぎ、顧問先の従業員の方が、子どもたちを迎えに行った後、自宅へ帰る途中で熊本市内を通るということで、私を市内まで送ってくれることになった。私はその申し出に甘え、熊本市内の鶴屋百貨店付近で降ろしてもらった。そこから宿泊予定のホテルまでは、徒歩で10分ほどの距離だった。

当日中に熊本を離れる決断

 ホテルへ歩いて向かう途中、私は直感的に、翌日になっても新幹線は復旧しないのではないかと感じた。そこで、翌朝まで熊本にとどまるのではなく、その日のうちに博多方面へ移動しようと決断した。

 タクシーの配車アプリを使い、何度も車両を呼ぼうとしたが、まったく確保することができなかった。街中で空車のタクシーを見つけても止まってもらえず、2時間半ほど探し続けたが、状況は変わらなかった。半ばあきらめかけながらも、「必ず移動できる。必ず行くことができる」と信じ、タクシーを探し続けた。

 そのようななか、コンビニエンスストアの前に、たまたま個人タクシーが停車しているのを見つけた。運転手は、コンビニエンスストアのトイレを利用していたものと思われる。戻ってきた運転手に、福岡市内まで行くことができるか尋ねたところ、「行きますよ」と答えてくれた。私は、ひとまず福岡方面へ向かってもらうようお願いした。

長い渋滞が続く道路、7月30日 撮影:当社取材班
長い渋滞が続く道路、7月30日 撮影:当社取材班

宿泊先を探しながら北へ

 タクシーに乗車した後、先ほど連絡を受けていた博多の系列ホテルに、改めて電話をした。しかし、その時点ではすでに満室となっており、宿泊を断られてしまった。

 福岡へ向かうことは決まったものの、宿泊先がなければ行き場がない。そのため、移動中にインターネットを使い、福岡市内のホテルを探し続けた。しかし、福岡市内のホテルはほぼ満室だった。訪日外国人客が多かったことに加え、新幹線が博多駅で運行を取りやめた影響もあったと考えられ、一般的な価格帯のホテルには空室がなかった。空いていたのは、一部の高級ホテルの高額な客室だけだった。

 そこで福岡市内での宿泊をあきらめ、次に久留米市内のホテルを探した。しかし、久留米のホテルもすべて満室だった。さらに検索範囲を広げたところ、鳥栖駅前のホテルに、たまたま1室だけ空室があることが分かった。

 私は急いでその部屋を予約し、運転手に目的地を鳥栖へ変更してもらった。当時は植木インターチェンジ付近から通行止めとなっていたが、植木から鳥栖までの移動は比較的順調だった。その後、鳥栖駅前のホテルに無事チェックインし、その日は鳥栖に宿泊した。

結果として最適な選択となった鳥栖

 翌朝、JR九州のウェブサイトで運行状況を確認した。すると、鳥栖から南の区間では減便や運休が発生していた。一方、鳥栖から博多方面については、大きな影響を受けずに運行していた。

 結果として、熊本に宿泊するのでもなく、久留米に宿泊するのでもなく、前日のうちに鳥栖へ移動していたことが、翌日の予定を滞りなく遂行するための最適な選択となった。

 振り返れば、いくつもの判断が良い方向へつながっていた。

  • 普段の習慣を変え、鹿児島中央駅で作業をせず、早めの新幹線に乗ったこと
  • 熊本のホテルに宿泊せず、その日のうちに移動すると決断したこと
  • タクシーが見つからない状況でも、あきらめずに探し続けたこと
  • 福岡や久留米ではなく、鳥栖に宿泊することになったこと

 これらの選択が、1つ1つ結果として良い方向へつながった。私はそのとき、自分の力ではどうすることもできない災害や事故に巻き込まれた際、正しい運を持っていれば、「大難が小難に、小難が無難になる」という気学の考え方は、このようなことを指すのではないかと感じた。

東日本大震災を経験した顧問先の言葉

 この経験を通じて、仙台の顧問先の社長が、東日本大震災の際の体験について語っていた言葉を思い出した。

 その方は、地震発生時、高速道路を走行していた。本来は、あるインターチェンジで高速道路を降りる予定だったが、地震発生後、予定していたインターチェンジよりも手前で降りるよう案内されたという。

 手前のインターチェンジと、本来降りる予定だったインターチェンジの間には橋があり、その橋は地震によって、まるで蛇のように大きくうねっていた。非常に恐ろしい状況ではあったものの、その方は、当初から予定していたインターチェンジまで進むことを選択した。そして、手前のインターチェンジでは降りず、橋を渡り、もともと降りる予定だったインターチェンジで高速道路を降りた。

 本人の話によれば、結果としてその判断が自身の命を守ることにつながり、手前のインターチェンジで降りた人たちは、その後、津波の被害に巻き込まれたという。その方は、当時のことを振り返り、次のように語っていた。

「あの日、あの瞬間に、すべての判断を誤らなかったから、今ここにいる」

 災害時には、1つの判断の違いが、その後の結果を大きく左右する。しかも、その方は、判断をするたびに長時間迷ったわけではなく、その瞬間ごとに、進むべき方向を迷いなく選択していたという。

 私自身の熊本での経験も同様だった。鹿児島中央駅で普段の習慣どおりに行動せず、早めに熊本へ向かったこと。熊本に宿泊せず、当日中に北へ移動すると決めたこと。タクシーが見つからなくても、あきらめずに探し続けたこと。そして、最終的に鳥栖を宿泊地として選んだこと。いずれの判断にも、不思議なほど迷いはなかった。

 自分の力だけでは回避できない災害に遭遇した際、正しい運を持っていれば、その瞬間に必要な判断ができ、結果として正しい方向へ導かれるのではないかと、改めて感じた。

気学の観点から見た災害

 私は年頭の新年講演会で、顧問先に対し、今年は大規模な自然災害が発生しやすい年であると伝えていた。なかでも、7月は注意が必要な月であると考えていた。

 気学では、三碧木気が中宮となる時期には、火災、火傷、爆発事故などに注意が必要とされる。阪神・淡路大震災の際にも同様の作用があったと捉えていたことから、今回も地震や大規模な火災が起こる可能性があるのではないかと、地震発生時に熊本の関係者へ話していた。

 一方で、三碧木気が中宮となる時期に発生する災害については、報道される規模や数字の大きさに比べ、実際の被害が限定的になる場合があるとの見方も伝えていた。その後、商業施設におけるガス爆発の報道を聞いた際には、火災ではなかったものの、爆発事故という事象は、三碧木気が中宮となる時期の特徴と符合していたのではないかと感じた。

気学の本質と「運気採り」

 気学の本質は、単に未来の出来事を予測することではない。日々の行動によって運を整え、運を良くし、少なくとも運を悪くしない状態をつくることにある。そのために行う実践の1つが「運気採り」である。

 私は幼少期から長年にわたり、誰よりも多く運気採りを実践してきたという自負がある。今回、自分の力ではどうすることもできない大規模な災害に巻き込まれた。それにもかかわらず、その都度選択した行動が、結果として被害や予定への影響を最小限に抑える方向へつながった。

 この経験を通じて、自分では制御することのできない災害や事故に遭遇したときにこそ、日頃から運を整え、正しい運を持つことの意味が表れるのではないかと実感した。

 気学では、正しい運を持つことによって、「大難が小難に、小難が無難になる」と表現される。今回の出来事は、長年実践してきた運気採りの意義と、運を整えることの重要性を、自身の体験として深く認識する機会となった。


<プロフィール>
中馬導与
(ちゅうまん・どうよ)
気学家/二代目 中馬導与
1982年生まれ。芦屋大学大学院にて教育学を修了後、初代・中馬導与の秘書として長年研鑽を積み、2019年に二代目中馬導与を襲名。毎月、全国の顧問先を巡回しながら「運気採り」の実践指導を行う。幼少期より誰よりも多く運気採りを実践してきた自負のもと、「大難を小難に、小難を無難に」という気学の教えを、自身の体験とともに伝え続けている。

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