【業界を読む】新生シリコンアイランド九州の現在地~半導体を起点に新産業を生む「分散型サイエンスパーク」構想
TSMCの熊本進出を起点に、九州の半導体産業は次の段階へ進み始めた。焦点は工場誘致から、設計・前工程・後工程、さらにロボットや自動車への実装までを地域内でつなぐ産業生態系の形成へ。台湾に学び、熊本、福岡、筑豊、北九州を結ぶ「分散型サイエンスパーク」を築けるか。それが九州発の技術と企業をグローバル市場へ押し出すカギとなる。
問われる九州 TSMC進出の「次」
九州の半導体産業は、TSMCの熊本進出によって大きく動き始めた。子会社Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)の熊本第1工場は2024年末に量産を開始。第2工場の建設も進み、TSMCは同工場で3nmプロセスによる先端ロジック半導体を生産する計画を示している。これは九州にとって大きな転換点となる。熊本に先端半導体の製造能力が加われば、AI、データセンター、自動運転、ロボットなど成長市場との接点が一気に広がるからだ。
だが、前工程の製造能力が高度化するほど、次の課題も鮮明になる。半導体産業はウェハーを製造して完結するものではない。チップを切り出し、組み立て、検査する後工程があり、さらに半導体をロボットや自動車、産業機器などに組み込み、製品として市場に送り出す段階がある。とりわけ微細化が進む現在は、複数のチップを高密度に組み合わせる先端パッケージングの重要性が高まっている。
九州が目指すべきは、単に「半導体をつくる地域」を拡大することではない。半導体を起点として新しい製品やサービスを生み出し、それを世界市場へ送り出す地域へと変わることである。
福岡が狙う
後工程のグローバル拠点
そこで存在感を高めているのが福岡県だ。県が26年8月に公表した地域産業クラスター計画では、半導体後工程を重点領域に位置付け、26~35年度の官民設備投資額として累計4,960億円を目標に掲げた。福岡超集積半導体ソリューションセンターを核として、光電融合やパワー半導体の高密度パッケージなど次世代技術を育成し、「半導体後工程のグローバル拠点」の形成を目指す。
一方、国も九州7県を「フィジカル・インテリジェント・システムの中核を担う半導体」の戦略産業クラスターとして位置付けた。政策の焦点も、個々の半導体工場の誘致だけでなく、AI、ロボット、自動車などと半導体を結び付ける産業構造そのものへと広がり始めている。
ただし、福岡県が示す後工程クラスターの中心地域は福岡・糸島、北九州、筑後・うきは・広川であり、筑豊は現時点では明示されていない。だからこそ筑豊には、既存拠点と競合するのではなく、熊本、福岡、北九州の機能を補完する新たな役割が求められる。
台湾に見る「分散型」の強さ
そのモデルとして参考になるのが台湾である。台湾半導体産業の強さは、TSMCという世界最大級のファウンドリーが存在することだけではない。企業、大学、研究機関、行政、産業インフラが近接し、それぞれの機能が結び付いた「生態系」にある。たとえば南部科学園区は台南、高雄、橋頭、屏東、嘉義、楠梓など複数の園区から構成される。1カ所にすべての機能を集めるのではなく、それぞれに異なる役割をもたせながら、一体的な産業クラスターとして発展させてきた。
重要なのは、これらを結ぶ管理機能である。サイエンスパークでは企業誘致だけでなく、土地や水、電力、研究開発、人材育成、行政手続き、海外展開までを横断的に支援する。つまり、サイエンスパークとは単なる工業団地ではない。企業と研究機関、人材、行政、さらに世界市場までを結び付ける仕組みそのものといえる。
熊本でも、この発想を取り入れる動きが始まっている。熊本県と三井不動産が設立した「くまもとサイエンスパークコミュニティ&マネジメント」では、フィジカルAI・半導体基盤センター(PASTEC)を設け、実装・パッケージ技術などの研究開発支援を進める。台湾の工業技術研究院(ITRI)など海外機関との連携も進められており、「半導体工場の立地」から「産業生態系の形成」へと政策が一歩進み始めている。
筑豊が担う
熊本と北九州の結節点
こうした九州の産業地図のなかで、新たな可能性をもつのが筑豊である。飯塚市では現在、性格の異なる2つの産業用地が具体化している。
1つが、民間主体で開発が進むCentral Business Park IIZUKA(CBP IIZUKA)だ。近畿大学産業理工学部に隣接する約40haの産業用地で、半導体後工程、半導体製造装置、フィジカルAI関連企業などを誘致対象とする。66kVの特別高圧受電、100MWクラスの電力供給を計画し、28年度の造成完了を予定している。CBPの特徴は、土地と電力だけではない。周辺には九州工業大学情報工学部と近畿大学産業理工学部がある。九工大には半導体の設計から製造・評価まで一貫した開発を可能にするマイクロ化総合技術センターがあり、近畿大では24年度から「半導体エレクトロニクスコース」を設置。国立台湾科技大学とも連携し、半導体人材の育成を進めている。
企業と大学、研究施設、人材が近接する環境は、単なる工場誘致とは異なる可能性をもつ。企業の研究開発を大学が支え、そこで育った学生が進出企業に就職する循環が生まれれば、飯塚地域自体が小規模なサイエンスパークとして機能する余地がある。実際、飯塚市内の大学を卒業した学生の多くは市外へ流出している。25年3月の市内3大学の就職者777人に対し、飯塚市内に就職したのは41人で、市内定着率は5.2%にとどまった。CBP構想では半導体企業などの誘致を通じ、市内定着率20%以上を目標としている。

「黒いダイヤ」の土地を
次世代産業の集積地へ
もう1つが「飯塚あかね工業団地(仮称)」である。飯塚市大分にある日鉄嘉穂炭鉱跡地約25.1haを活用し、29年度の供用開始を目指す。物流企業のほか、半導体メーカーを含む関連企業の誘致も想定されている。かつて筑豊では、石炭という「黒いダイヤ」が日本の近代産業を支えた。その炭鉱跡地が半導体やAIなど新たな産業を受け入れる土地へ変わろうとしていることは、地域産業の転換を象徴している。
そして注目したいのが、CBPの構想資料そのものが「飯塚地域を結節点とした熊本・北九州の半導体産業クラスターの連携・拡大」を目標として掲げている点だ。進出企業と地元企業、大学による研究開発や企業間取引の拡大まで視野に入れている。
筑豊の価値は、熊本や北九州と同じ機能をもつことではない。熊本の半導体製造と、福岡の設計・先端後工程、北九州のロボット・自動車産業をつなぎ、その間で後工程や製造装置、材料、研究開発、人材供給など不足する機能を補うことにある。
北九州で
半導体に「身体」を与える
その先の社会実装を担うのが北九州だ。北九州市は26年5月、「フィジカルAI共生都市」を宣言した。製造、物流、建設、介護など幅広い現場を実証フィールドとし、AIを搭載したロボットやモビリティの社会実装を進めようとしている。
半導体を「脳」と考えれば、センサーは「目や耳」であり、モーターやロボットは「筋肉」に当たる。北九州には安川電機をはじめとするロボット・FA企業に加え、自動車や素材など幅広い製造業が集積する。熊本で製造される半導体と、福岡や筑豊の後工程・実装技術を北九州のロボット、自動車、フィジカルAIにつなぐ。そこで新たな製品を開発し、実際の工場や物流、都市空間で試す。この循環が成立すれば、九州の産業は「半導体製造」から、「半導体によって新しい価値をつくる産業」へと広がっていく。
九州北部全体が
1つのサイエンスパークに
本稿で提案したいのが、熊本、福岡、筑豊、北九州を別々の地域振興策として見るのではなく、九州北部全体を1つの「分散型サイエンスパーク」として捉える発想である。
熊本にはTSMCを中心とした先端半導体製造と研究開発機能がある。福岡には設計や先端後工程の研究基盤があり、筑豊にはCBP飯塚とあかね工業団地、九工大、近畿大がある。北九州にはロボットや自動車、フィジカルAIの社会実装を可能とする産業基盤がある。
すべてを1カ所に集める必要はない。それぞれの地域が強みをもつ機能を担い、企業、大学、研究設備、人材を相互に利用できる仕組みをつくる。そのうえで台湾のサイエンスパークのように、企業誘致だけでなく、人材育成や研究開発、インフラ、企業間連携、海外展開までを横断的に支援する仕組みを整える。
拠点同士が競うのではなく、それぞれの強みを結び付けて1つの産業生態系を形成する。それが「九州北部分散型サイエンスパーク」の考え方である。
つくる島から産業を生み出す島へ
そして、この構想を九州のなかだけで完結させてはならない。最終的な目的は、半導体を起点として九州で生まれた製品や技術、企業がグローバル市場で事業を拡大できる環境をつくることである。たとえば筑豊で開発されたパッケージング技術が海外の半導体メーカーに採用される。北九州で実証されたロボットやフィジカルAIが世界の工場や物流現場へ展開される。熊本や福岡から半導体関連のスタートアップが生まれ、台湾やアジア、米国、欧州へと取引を広げていく。九州内につくられた産業生態系そのものを、世界市場への入口にするのである。
台湾のサイエンスパークが示しているのは、半導体工場を集めるだけではグローバルクラスターは完成しないということだ。研究開発、人材、企業間取引、市場開拓を循環させ、そこで育った企業が海外で成長していく仕組みが必要になる。
九州を「半導体をつくる地域」から、「半導体を起点に新しい産業を生み出す地域」へ変える。さらに、そこで生まれた技術と企業が世界市場へ出て、事業を拡大する。かつて筑豊の「黒いダイヤ」は、日本の近代化を動かした。次の時代に九州から世界へ送り出すものは石炭ではない。半導体を起点に生まれるロボット、AI、モビリティ、新材料、そして、まだ名前の付いていない新しい産業である。その循環を九州に生み出せるか。そこに「新生シリコンアイランド九州」の次の姿がある。
【児玉崇】











