政治経済学者 植草一秀
袴田事件によって殺人罪で死刑が確定した袴田巌さん。再審によって無罪が確定した。関係者の懸命な努力が結実して自由の身を獲得できた。しかし、確定死刑囚として収監された時間は戻らない。
確定死刑囚として収監された時間に恐怖が袴田さんの心を蝕んだ。拘禁反応によって袴田さんは精神にダメージを受けた。「国家にしかできない犯罪、それは戦争と冤罪」の言葉を遺されたのは後藤昌次郎弁護士。冤罪はこの世に存在する犯罪のなかでもっとも卑劣で深刻な犯罪。「魂の殺人」と言ってよいだろう。冤罪の防止を真剣に考えるべきだ。
明治の偉人で初代司法卿(司法大臣)に就任した江藤新平氏は人権尊重の視点から冤罪の防止を重視した。しかし、江藤新平氏は明治維新のもう一人の巨魁である大久保利通によって殺害された。
人権を尊重した江藤に対して大久保が優先したのは国権。刑事司法のあり方は人権重視か国権重視かによって正反対になる。人権重視の立場から導かれる刑事司法のあり方は「無辜の不処罰」。無辜というのは無実の人。「たとえ10人の真犯人を逃しても1人の無辜を処罰してはならない。」これが「無辜の不処罰」。これに対して国権重視の刑事司法は真逆になる。「たとえ10人の冤罪被害者を生み出しても1人の真犯人を逃してはならない。」「必罰主義」である。
大久保が基軸に据えたのが「国権主義」。江藤は初代司法卿として「冤罪の防止」に心血を注いだ。その江藤が大久保によって殺害された。江藤が創設した司法制度によって江藤は公正な裁判を受ける権利を有した。ところが、府県裁判所である佐賀裁判所は単独で死刑判決が出来ないにもかかわらず、大久保配下の河野敏鎌により除族の上、梟首の刑に処せられた。江戸刑法を適用するという蛮行だった。江藤新平は斬首され、首は千人塚で梟首された。江藤は明治六年政変後の「佐賀の乱」に加担したとの疑いによって惨殺された。
明治維新の巨魁は江藤新平と大久保利通。江藤は明治政府の金権腐敗体質に厳しく斬り込んだ。金権腐敗の明治政府にとって江藤は煙たい存在であった。江藤を殺害した大久保は内務省を創設。警察権限を内務省に移管して特高警察創設の始祖になった。
特高警察とは国家にとって障害になる人物を、警察権力を用いて排除するための組織。明治六年政変は明治政府最大の屈折点であった。「江藤の日本になるか、大久保の日本になるか」の屈折点だった。「大久保の日本」になったためにその後の暗黒日本が形成されたと言える。
冤罪には二つの類型がある。映画『冤罪のつくりかた』で法務監修を担当した元検察官の澤田雄介弁護士は映画公開に際しての対談で、冤罪が発生する要因について次のように述べた。
https://foomii.com/publisher/delivery/00050/show/id/157974
「大きく分けると、二つのパターンがあります。一つは、思い込みや判断ミスといったヒューマンエラー。もう一つは、半ば意図的なものと評価され得るものです」
冤罪は決して許されない犯罪だが、より深刻であるのは「半ば意図的な冤罪」が存在すること。冤罪の問題について、より徹底した考察が求められている。
国家権力のなかで最大の権力は市民を犯罪者と断じて身体を拘束する権力。犯罪の取締りと犯罪者の拘束、処罰は重要な国家権力の行使。必要不可欠な国家の機能である。しかし、その運用にあたっては慎重の上にも慎重な対応が必要である。
刑事司法の鉄則は「無辜の不処罰」。最大の人権侵害である「冤罪」を生み出さぬための厳格なルール設定が必要不可欠だ。ところが、ここに極めて重大な問題が存在する。それは、元検察官で弁護士の澤田雄介氏が指摘する「半ば意図的な冤罪」が存在すること。
日本の警察と検察には不正で巨大過ぎる「裁量権」が付与されている。その「裁量権」とは犯罪が明白に存在するのに犯罪者を無罪放免にする裁量権と犯罪が存在しないのに無実の市民を犯罪者に仕立て上げる裁量権である。
犯罪者を無罪放免にする裁量権は警察・検察の利権と直結する。警察と検察の天下り利権は広範に広がる。刑事司法の取り扱いにおいて便宜を図ることにより警察と検察が巨大な天下り利権を得ている。他方、「半ば意図的な冤罪創作」が後者の問題。無実の市民を犯罪者に仕立て上げる「裁量権」を警察と検察が保持している。
明治の特高警察は国家の敵対者を排除するための組織だった。その伝統は敗戦後も引き継がれている。日本の警察・検察は大久保流の「国権主義」に支配されている。国家にとって邪魔な存在を排除するための「フリーハンド」を保持することが必要。これが「冤罪」のひとつの重要な類型になっている。
「冤罪」を容易に「創作」できる環境が必要だ。それが取調室の「ブラックボックス」化。取調室を「ブラックボックス」にすることによって「冤罪」の創作は極めて容易になる。
取調室で取り調べる対象は被疑者だけでない。被害者、目撃者、逮捕者などのすべてが取調室での取り調べの対象になる。問題はこの取り調べが「可視化」されていないこと。「冤罪」という重大犯罪の発生を防ぐために何よりも必要なツールは「防犯カメラ」である。取調室に「防犯カメラ」を設置することが絶対に必要なのだ。被疑者の取り調べだけでない。被害者、目撃者、逮捕者、その他すべての関係者と警察・検察職員との接触場面を「防犯カメラ」映像・音声で完全記録することが必要不可欠。
警察と検察は防犯カメラのない取調室で、ありとあらゆる不正行為を行っている。被害者、目撃者、逮捕者、その他すべての関係者の証言を、つじつまが合うように「創作」する。この「創作」があれば無実の市民を犯罪者に仕立て上げることなど朝飯前である。
ところが、被疑者、被害者、目撃者、逮捕者、その他すべての関係者と警察・検察職員とのすべての接触場面を完全に録画・録音すると、冤罪の「創作」は一気に困難になる。冤罪を防止することを重要と考えるなら、取調室に防犯カメラを完全に装備することを直ちに実行すべきだ。
すべての警察・検察職員にボディカメラの装着を義務付ける。刑事訴訟の手続きにおいて、すべての録画・録音データの提出を義務付ける。ボディカメラ装着の費用は驚くほど縮小している。散財を続ける日本財政運営では完全な防犯カメラ設置体制の構築など朝飯前だ。
来る10月31日に高橋清隆氏と私のコラボ講演会を高橋氏の古里である新潟県三条市で開催する。
10月31日(土)14時~17時
新潟県三条市 三条中央公民館
https://x.gd/7Rlnr
https://x.gd/Yt3Yh
私が巻き込まれた冤罪事件の概要について話をさせていただく予定だ。
遠方にはなるが、ご関心のある方にはご参加賜れればありがたく思う。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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