日本人と「歴史」─ 韓国・中国との比較から考える(5)中国人は歴史をどう見るのか

福岡大学名誉教授 大嶋仁氏

 日本の戦争行為を正当化しようとする一切の動き、また戦争中に起きた出来事を忘れ去ろうとする一切の動きに対して、最も厳しい警告を発し続けてきた国は中国である。それだけに、昨今の日本人は中国嫌いになっている。

 だが、中国がそこまで日本に警戒的なのは、日本との戦争で出した犠牲者数が膨大であり、しかもその戦争が日本の一方的な侵略によるものだったからである。そのような戦争であってみれば、これを忘却することなど到底できないし、日本人はこれを忘れるべきではないということになって当然であろう。

 もう10年以上前のことだが、北京の人民大学で学会があったとき、私の接待をしてくれた大学生が、突然こんなことをポツリと漏らした。「先生は日本の方であり、日本人を私は多くの点で尊敬していますが、盧溝橋事件だけは忘れてはならないと思います。あの事件以降、日本は中国を侵略し、多くの中国人の命を奪ったのです。先生のような日本人には、このことだけは知っておいてほしいと思っています。気を悪くしたら申し訳ありませんが、言わずにいられません」。

 私にすれば、日華事変は歴史の教科書の一隅にあった事件に過ぎなかったが、中国では戦後多くの年月を経てこの世に生まれたこの若者でも、日本といえば「日華事変」と結びつく国として記憶されているのだ。その学生は親切に私の面倒を見てくれ、私を京劇にまで誘ってくれたし、トルストイを尊敬しているとも言っていた。しかし、歴史についてはさすが中国人、言うべきことは言うという態度を貫いた。

 日本で知り合った中国人女性も同じような歴史観を保持していた。南京の出身であったので、ある日こう言った。「先生、南京に行ったら大虐殺紀念館を訪ねてくださいよ」と。

 「南京虐殺」については、日本軍によって虐殺された中国人の数が中国と日本では大きく食い違っているという話をよく聞くが、「正確な数値」を問うことは問題をずらすことにほかならないと私は思う。「虐殺」という事実は加害者の記憶からは消えても、犠牲者の側の記憶からは消えないのである。
 さて、このようにいうと、中国人と親しくなることは難しそうに思えてくるが、彼らが「暗い過去」を語るときでも感情的にならないところが不思議である。少しも恨んでいる様子がないのだ。中国人のこの不思議な冷静さ。この冷静さがあればこそ、中国政府は日本人戦犯を拷問にかける代わりに、「教育」しようとしたのである。国交回復の際には、日本からは「戦後賠償」を一切求めないという決定を下したのも、同じ冷静さによる。

 中国政府の方針は「賠償」は求めないが、「日本軍の蛮行」を日本人に何度でも思い出させようというものだ。その「蛮行」の極みを、私は旧満州国ハルビンで見た。「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」に行ったのである。そこには、日本軍による中国人や朝鮮人やロシア人の生体実験の写真や実験用具などが陳列されていた。731部隊に加わった旧日本軍人のビデオも流されており、中国語や英語だけでなく、日本語の解説もあった。売店には、日本語で書かれた関連書籍も売られていた。私は「穴に入りたい」とは思わなかったが、「日本の戦争は狂気の産物であった」と思わずにいられなかった。

 後で分かったことだが、その陳列館には日本から一定数の団体が毎年来ており、寄付もかなりあるそうだ。日本にも自分たちのおぞましい過去を確認したいという人がいるのだと思うと、内心ほっとしたが、そうした過去を葬り去ろうというのが今の日本であろう。

 総じて中国を考えると、私にはやはりこの国は大国であり、つかみどころがないほど広大だと思えてならない。面積が大きいだけではない、人間も大きいのだ。そういうわけで、現在の中国を見ると、その政府だけが見えて「人民」が見えてこないのが残念である。

 中国人が人間として「大きい」という意味は、彼らがいかなる「歴史」をも呑み込む力があるという意味である。そのことは戦争で中国に派遣された旧日本軍兵士たちも言っていたことである。欧米のメディアも、中国人の素顔を知らず、共産党の政治だけで中国を判断している。日本人もそれに染まっているのだから、これはどうしようもない。

 中国人とはどういう人々なのか。それを端的に表すのが、あの陳列館の近くで出会った日本語のできる若者である。「人間の歴史というものは悲惨な記憶にまみれていますけれど、それだけが人間じゃありません。いいこともたくさんあるんです。大事なのは今です。私はこうして先生と一緒にお茶を飲んでいます。これが大切なんです。」 そう彼は言っていた。

 この若者が特別に輝いて見えたのは、そこに何千年も生きてきた中国人の奥ゆきの深さが感じられたからだ。彼らは何千年と苦労してきたのであって、その「何千年」が今も生きているという感じがしたのである。その若者はこうも言った。「人間の歴史のなかには悪いこともたくさんあります。でも、その悪いことは、誰もが運の悪い状況にあれば、してしまうことなのではないですか。過去を見つめることは過去に浸ることではありません。これからの世界を見るためなんです。」

 私はこれを思い出し、このような歴史についての見方が、20代前半の特に教養のあるとも見えなかった若者の口から出ること自体が「中国の強み」だと思った。「アジアの人々は、戦後、日本を受け入れるに当たって寛容の精神を示してくださいました。そこには、計り知れないほどの葛藤があったはずであります」と言った元首相の石破茂の言葉は、このような中国を念頭に置いたものではなかったかと今にして思う。

(了)

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