米国経済の本当のリスクと市場観~AIバブル崩壊は、余りにも性急な議論~
NetIB-NEWSでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
今回は10月19日発刊の第409号「米国経済の本当のリスクと市場観~AIバブル崩壊は、余りにも性急な議論~」を紹介する。
(1)薄氷の米国経済、K字型経済の進行
表面的には米国経済はG7で突出した強さを見せつけている。IMFの10月のGDP見通しでは2026年(米2.3%、ユーロ圏1.1%、日本0.7%)、2027年(米2.3%、ユーロ圏1.2%、日本0.7%)と、ユーロ圏、日本を大きく引き離している。AI投資が最大のブライトスポットとなっている。民間設備投資は25年5.4%の後、26年1Qは9.9%、2Qは9.0%、26年3Qのアトランタ連銀GDPナウキャストでは、GDP3.6%、民間設備投資11.1%増と、投資牽引の成長に弾みがついている。アマゾン、アルファベット、マイクロソフト、メタなどの主要ハイパースケーラーによる26年間投資額は、会社見通し7300億ドル(前年比倍増)に続きGSは27年も前年比6割増の1兆2,000億ドルと予想している。これにリースファイナンスなどを含めた総投資額は、1.4兆〜1.5兆ドルに達するとの試算もある。図表1に示すIMFによるテクノロジー投資のGDPに対する割合は、00年に4.4%でピークを打ち、その後3~4%で推移していたが、26年には5%と急伸する見込みである。
しかし市場は必ずしも安心していない。寄せては返す波のように、確信犯的AIバブル論が現れて、人々を不安に陥れている。もっとも不安の根源はAIバブル論ではなく、K字型と言われる経済実態に存在している。米国経済の底流で進行する矛盾、高まるリスクのマグマを見過ごすことはできなくなっているのである。
図表2はコロナ禍直前の19年(平均)以降の月次の家計消費と項目別収入の推移である。コロナショック後の着実な米国消費拡大を支える収入の構成を見ると、賃金は47%と半分に満たず、利子・配当・賃貸等の資産所得が24%、政府補助が23%、貯蓄取り崩し5%(資産値上がりによるキャピタルゲインが中心)となっている。賃金だけでは消費は全く支えられないのである。それは図表3の労働分配率の息をのむ程の急速な低下とも連動している。更に雇用情勢でもトレンドの大転換が起きている。コロナ禍前までは、セクター別雇用は、サービス分野が拡大し、公益公共部門が安定、製造業だけが不振と言う形であった。しかし22年以降、好調かつ高給であった弁護士、税務会計、コンサルティング等プロフェッショナルサービスで雇用が減り始めた。SaaS業務のAI化により、GAFAMなどインターネットプラットフォーマーですら雇用削減を恒常化させ、情報産業の雇用減少が顕著になっている。このように雇用創造にブレーキがかかっているが、ベビーブーマーの退職や移民の減少による労働参加率の低下により、辛うじて完全雇用状態が維持されている。以上が、米国経済安定度を測る要として長期金利の分析が決定的に重要であることの理由である。
他方で、図表5に見るように米国企業(非金融)部門の所得とFCFはすこぶる好調であり、00年頃から米国企業はFCF大余剰時代に入った。IT・インターネット革命の進行によるものである。この企業余剰がFRBが利上げをしても長期金利が上昇しないという「グリーンスパンの謎」と言った現象に結び付き、余剰はついには住宅バブルの形成に至ったと考えられる。
08年のリーマンショック以降、この企業余剰(FCF)は一段と増加したが、それは配当の増加、自社株買いの増加として株主(=家計)に還流し、米国家計は資産所得とキャピタルゲインにより旺盛な消費を続けることが出来たのである。この状況を武者リサーチは米国における株式資本主義の定着と説明してきた。
図表6は米国における需要創造経路としての信用創造を、民間信用(家計+企業)、政府信用、株式信用(株式時価総額)の対GDP比で見たものであるが、09年以降、株式信用が鋭角的に拡大している。つまり株式時価総額のGDPに対する割合(バフェット指数と言われ株式のバブル度を示すと考えられてきたもの)は、09年3月に70%まで低下した後、急上昇を遂げ、コロナ禍の下での一時的ディップを経て、26年6月末は287%まで急伸している。この従来の基準で見れば「極端なバブル」としか言えない領域までの株価の上昇が、米国の企業所得の家計への還流を担ってきた事がわかる。
(2)資金フローの大変化、鍵を握る長期金利
米国所得の二極化が進行する中で、家計所得のエンジンとして、賃金、資産所得に加えて財政支援が登場した。図表7は米国の失業率と財政赤字の推移を示したものであるが、17年のトランプ減税、20年のコロナショックに対する財政からの給付金以降、両者の関係が大きく変わったことが看取できよう。かつて米国の財政赤字はもっぱら完全雇用を実現するための手段であったため、両者は完全に連動していた。しかしトランプ減税とコロナショックを経て、両者の関係が変わった。一時的なコロナ救済であったはずの財政が、家計の恒常的所得源となったのである。今やGDPの70%を占める米国消費のエンジンは、3頭立てになっている。消費を支えるためには、(1)雇用と賃金を堅調に保つのみならず、(2)資産所得とそれを支える株高と企業業績、及び(3)財政支出の増加が不可欠になっているのである。
このように見てくると、米国経済の持続的拡大にとって、米国家計への所得再配分を支える二つの資金フロー、つまり株価の上昇と、財政赤字が必須であることが分かる。そして株価上昇と財政赤字持続を可能にする鍵は長期金利である。ベッセント財務長官がことさらに米国金利に敏感な理由はここにある。
図表6: 米国の3つの信用創造推移(対GDP)
そして現状では、米国長期金利は5%を20年ぶりに上回ったとはいえ、全く危機的ではないと結論付けられる。米国の巨大な外形的赤字の規模からすると米国長期金利の安定は驚くべきことである。IMFの推計による財政赤字対GDP比は25年6.8%、経常赤字対GDP比は3.6%(いずれも2025年)と、G7の中でも突出して高く、他国なら金融危機に陥っても全く不思議でない水準である。第一の理由は米国ドルが基軸通貨である事、第二はAI革命が米国で燃え盛っており、米国への資金流入が継続している事である。世界の投資家はAI革命の母国米国の魅力をやり過ごすことはできない。IMFによると、対米貿易黒字を積み上げている諸国(メキシコ、韓国、英国、ユーロ圏、日本、台湾等)の米国株式投資が大きく増加している。図表8の米国国債への主体別投資残高、図表9の米国株式への主体別累積投資額を見ると米国家計とともに海外からの資金流入が、米国国債と米国株式の継続的な買い主体であることが明らかである。それが奇妙なドルの強さを支えている。薄氷に見える米国資金フローは、堅実に保たれている。再度強調するが、その原因はAI革命に対する米国国民と海外投資家の絶大な信頼。AIバブルが崩壊し米国が大不況に陥るとは考えていないのである。
インフレは依然アンダーコントロール。物価連動債金利から逆算される米国の期待インフレ率はここ2年間2.3~2.4%で全く上昇していない。米国物価はホルムズ海峡由来のエネルギー価格上昇が一巡すれば、沈静化していく。コアコアCPI上昇率は2.4%とFRBのターゲットの上限に収まっている。これ以上の大幅な利上げは考えにくい。とは言えほぼ完全雇用が維持され、財政赤字が伸びきっている現状で大きな利下げも考えにくい。かねてから主張しているように1995年から2000年にかけての株価上昇時に起きた、長短金利がフラットで長期化するのと同様の金融環境が続くのではないだろうか。
(3)金融市場の変調は、前のめりのAI投資へのブレーキに過ぎない
以上のように米国金融市場の資金フローと所得再配分は、AI革命を軸に組み立てられている。AI革命の夢が消えれば、株も債券投資も米国への資金流入も全てが消える。そのような可能性は将来に起きないとは断言できないが、今そのようなリスクが醸成されているとは到底考えられない。それでは先週の米国Techがらみの金利急上昇をどう考えるべきか。
年央以降、図表13に示すハイパースケーラーのCDSスプレッド拡大、ソフトバンクの調達金利上昇など市場不安が高まっていた。ネオクラウドと言われるデータセンター専業の最大手であるコアウィーブの社債価格と株価急落が、AIバブル崩壊の悪夢を呼び起こし、連鎖的ハイテク株急落を世界的に引き起こした。しかし未だキャッシュフローが伴っていない先行投資企業がインタレストカバレッジやDEレシオで脆弱性を持っているのは当然、これらの企業のビジネスモデルが機能しないかどうかの見極めが鍵である。
ネオクラウド企業の競争力の源泉はNVIDIAのGPUの調達能力にある。データセンターのAI計算能力は絶対的に不足した状態なのであるから、建設事業が継続できサービスが始まれば、財務状況は急速に改善していく。そして建設事業が持続できるかどうかは、大株主・資金提供者であり、GPUの供給者であるNVIDIAが支援を続けるかどうかにかかっている。ジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)は15日、「コアウィーブの状況は日々改善している」「実際に(コアウィーブの)資本コストは低下している」などと語ったと伝わったが、それはウソではないだろう。ネオクラウド事業はファンCEOによるAIエコシステム構築の肝であり、その破綻の引き金を引くとは考えにくい。この間の一連の動きは巨額のAI投資が回収不能になるなどというナラティブ(AIバブル崩壊論)を正当化するものでは全くない。
目を米国株式市場のバリュエーションに向けると、10月16日現在で米国S&P500指数は丁度フェアバリューにある、つまり益回りが5.05%、国債利回りが5.07%であり両者はバランスしている。この間の長期金利は4%から5%強へと上昇したにもかかわらずフェアバリューが維持されているのは、EPSの急上昇である。S&P500EPSは直近386ドル、一年前比35%、半年前比18%上昇となっている。AI革命による堅調な企業収益が、株価を正当化させているのである。図表14はメガテックM7とS&P500のPER推移を示したものだが直近ではM7 22.8倍、S&P50018.5倍と、年率20%の高成長を続けているM7のバリュエーションが著しく割安になっている。
このように米国の株式債券市場は不安定化を強めているが、ファンダメンタルズからの根拠は乏しく、むしろ反発のエネルギーを蓄積していると考えられる。米国市場が健全なリスクチェック機能を果たしているとも言える。米国中間選挙がどのような結果をもたらすかは不明だが、株価下落や財政不安の高まりを引き起こす金利上昇には結びつかないだろう。


















