高島福岡市政の16年(8)福祉の現場から(中)市政で貫かれたもの 継承と対話、成長の果実
前回は、この16年で進んだことを分野ごとに並べた。今回は、国全体の流れに沿ったもの、就任前から続いていたものを整理し、高島市政で貫かれたことは何だったのかを見ていこう。
時代の変化~国のアウトリーチ・伴走型支援への転換
この16年は、国の福祉の考え方が変わった時期だった。窓口で申請を待つのではなく支援する側が出向くアウトリーチや、対象者ごとに継続して関わる伴走型支援が広がった。2015年4月に施行された生活困窮者自立支援法は、訪問による支援も含め、生活保護に至る前から早期に支援することを掲げている。
子育てでは23年1月、妊娠期から面談を重ねる伴走型相談支援と給付を組み合わせた国の交付金が始まり、福岡市も同じ月に受け付けを始めている。親と暮らせない子どもについては、国が17年、就学前の子どもの里親委託率を75%以上にする目標を示した。
就任前からの蓄積~里親委託と路上生活者支援の先行
高島氏が就任前から続いていたものもある。里親委託がそうだ。市は05年度、NPO法人に里親を広げる事業を委託した。児童相談所の職員とNPO、里親会が実行委員会をつくり、市民向けのフォーラムを重ねた。厚生労働省の資料によると、里親等委託率は05年度末の10.6%から、高島市長が就任する前の09年度末には20.9%になっていた。国が目標を示す12年前に、福岡市は動き出していたことになる。
路上で暮らす人への支援も同じである。市の最初の計画は04年で、巡回相談と就労自立支援センターは09年に始まった。前回、969人をピークに144人まで減ったと書いたが、969人は08年度の数字で、就任した10年度にはすでに270人まで減っていた。強度行動障がいのある人への支援は、04年に県内の施設で起きた虐待事件を受けて、親たちの陳情と市の調査研究会から始まっている。
市政で貫かれたこと(1)既存の取り組みへの人員配置と強化
では、高島市政で貫かれたことは何か。一つは、続いていた取り組みを止めず、人を配置して伸ばしたことである。里親では、児童相談所に家庭への移行を担う係を置き、4人から8人に増やして委託率は59.3%まで上がった。強度行動障がいでは2期目の15年4月に、拠点で受け入れて職員が1対1でつく集中支援を始めた。
市政で貫かれたこと(2)当事者と時間をかけた制度設計
二つ目は、当事者と時間をかけて対話し続けたことである。障がい者差別解消条例では、13年8月に40を超える障がい関係団体が「つくる会」をつくり、1,148人から1,132の差別の事例を集めた。市の条例検討会議は、第1回の資料にこの報告書を入れている。施行は19年1月で、会の発足から5年余りをかけた。
市政で貫かれたこと(3)都市成長の税収を暮らしに回す
三つ目は、都市の成長を先に置き、その税収を暮らしに回すという「成長戦略重視」戦略をとったことだろう。全国でもまれな人口増を続ける福岡市のポテンシャルを背景に、市は「都市の成長」と「生活の質の向上」の好循環を、都市経営の基本戦略に掲げてきた。その戦略通りというべきか、独自の給付は4期目に集中している。
23年4月に第2子以降の保育料を無償にし、同じ年の8月に「おむつと安心定期便」を始めた。24年1月には子ども医療費の助成を高校生世代まで広げ、25年8月分から給食費を無償にした。いずれも所得制限がない。給食の無償化には、25年度の当初予算案で約44億円が計上された。
国の流れに沿いながら、前市政から続くものを伸ばし、4期目に給付を広げた。出どころを分けると、16年の福祉はこの三つが重なってできている。ただ、どのやり方でも届かなかったところがある。最終回は、これからに向けた課題を見る。
(つづく)
【石橋雅子】









