2024年11月21日( 木 )

精神医療の良き在り方を求めて60年(前)

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(医)井口野間病院

患者のために外科医から精神科医へ

in 医療法人井口野間病院は60年の歴史を有する精神科・心療内科病院である。開設当時の1956年と言えば終戦から10年しか経っておらず、社会情勢は現在のそれと多くの点で異なっていた。精神科の医療機関の在り方も極めて不十分な整備のもとで治療が行われ、患者が安心して治療に専念できる病院が不足していた。一方で、人々が安心して療養できる医療施設の開設が強く望まれ始めた時代でもあった。

 開設者の井口淡医師は、10年に九州帝国大学医学部を卒業し、長らく久留米で外科医院を開業していたが、この社会情勢に対して自分に何ができるかを冷静に考え、70歳の時に精神科病院の開業に踏み切った。創業を支えたのは、井口淡医師の子息で、現・九大医学部名誉教授、同院名誉理事長の井口潔医師だった。当時若干31歳だった井口潔医師は、九大医学部4年卒の同期であり、すでに福岡市で精神科・若久病院を開業していた今任準一医師や西岡順三医師に心から励まされながら同院に携わった。また精神医学の権威、久留米大学医学部の故・王丸勇教授や、九州大学医学部、故・桜井図南男教授から篤い指導、支援を受け、真に患者が求める精神科医療を世に広める礎を築いた。1996年1月には医療法人の認可を受け、地域にしっかりと根を下ろした。

 同院の基本方針は「診療・看護にあたり優しさを大切にして満足感のある入院生活のもとに患者さん1人ひとりの自主・自立を促し、教え育む心を持ち社会復帰に努めます」というもの。2004年4月には「療養病棟−A」(48床)、06年6月に「デイケアぬくみ」、06年7月に「精神科共同住宅南山荘」を併設するなどして規模を広げ、現在は療養病棟46床を含む精神科216床を標榜している。

作業療法における「稽古三昧」

 広々とした野間大池公園を臨む、緑に囲まれた小高い丘の上の福岡市指定緑地に建つ同院は、寺塚古墳を擁し、遥かには油山山系を望む風光明媚な場所にある。周囲は居住区域、商業区域となっており、社会環境との接点を大切にできる立地だ。

 精神を癒す作業には、優しさと思いやりが欠かせない。自然に囲まれ静かな環境でありながら、地域の人たちの思いやりにも支えられながら治療に専念できる同院は、理想的な環境にあると言える。病院では患者の症状や個性に合わせた作業療法に重きを置き、話し合いに基づいてプログラムを組み、楽しみのなかで自主・自律の回復を目指す。その作業療法において、特長的なのは、井口潔名誉理事長が勧める「稽古三昧」という考え方を取り入れているところだ。

 井口名誉理事長は、「『稽古』とは、誰しも少なからず経験のあるものであり、これに夢中になることで無意識を実現でき、無の境地に近づくことができる」と同法人会報誌のなかで述べている。情報が溢れ、状況が刻一刻と変わり、常識が瞬時に非常識に在り得る現代において、人々の精神を混乱に招いているのは、多くの人々が「いかに上手く生きるか」を求めて懊悩している点を指摘する。これを逃れるためには、上手く生きる術を求めることもさることながら、「いかに良く生きるか」と常日頃から考えておく必要があると井口名誉理事長。これに一番自然に取り組むことができるのが、趣味に没頭すること。それはすなわち稽古となり、稽古に没頭すれば技の鍛錬にもなり成長や達成感の喜びにもつながる。鍛錬できずとも、没頭して無の境地に近づくことで「自分なりの生き方」を感じることができるというのだ。
 これを同法人のデイケアでは、絵手紙や書道、手芸や革細工、絵画、木工などの手作業のほか、カラオケや映画鑑賞、ゲームなどの楽しい環境なども含めて提供している。活動内容は毎月、皆で希望を出し合って決める。優しさと心の触れ合いによるコミュニケーションを大切にして患者さんの自主自律を促し、デイケア「ぬくみ」、共同住宅「南山荘」で患者さんの社会復帰に努め、「心の健康相談窓口」を開き、地域福祉に貢献するよう努めている。

(つづく)

<INFORMATION>
理事長:高山 成吉
所在地:福岡市南区寺塚1-3-47
設 立:1995年11月
TEL:092-551-5301
URL:http://www.inokuchinoma.com

<プロフィール>
takayama_pr高山 成吉
北九州市出身。外科専門医、がん治療認定医、乳腺外科専門医、医学博士。緩和ケアや老人医療も専門とし地域密着型医療を提供。医療法人周友会徳山病院理事長、医療法人信和病院副理事長など、兼務多数。

 
(後)

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