【読者ご意見】安倍さん!老人に夢のある政策を!
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戦後71年目を迎えた日本。当時の戦争体験を伝える人たちが少しずつ減るなかで、戦争を体験したのち、終戦後の混乱、高度成長といった復興から成長を経て、そのようななかで“生きる”ために必死に商売を行ってきた人たちの話も貴重となっている。今回、投書を寄せられた弊社の経営情報誌「I・B」の読者Aさんは、少年非行兵として終戦を迎え、その後、まだ子供ながらも必死に商売を行い、必死に生きてきた。日本のために、そして自分の将来のために必死に働いて納めた税金。きちんと年金も納め、利率の高い投資信託に財産を預け、年金と利息で楽しい老後を過ごすはずであった。だが、現実はどうだろう。Aさんが描いた老後の人生設計は思うようにはいっていない。
私は優雅な老後を過ごすために65年間必死で働いた
私は昭和3年(1928年)生まれの87歳。16歳の時、少年飛行兵で鹿児島の知覧、そして岡山で終戦を迎えた。子どもだったが、自分でお店を作って商売をして、なんとか生きてきた。手に職もない、学歴もない、特殊技能、資格もなかったが65年間、「朝、あと1時間寝ていたいのだが、起きて頑張ろう。俺は3,000万円貯金して貯金の金利と年金で優雅な老後を暮らすんだ!」という目標を持ち、生きてきた。酒、タバコもやらず、朝から晩まで働いてきた。老後は、日本興業銀行の割引債(ワリチョー)を3,000万円分持つことで、5%の金利で年間150万円の利息と年金で優雅に暮らせることを信じていた。ワリチョーは一番良い時は8%の利息が付く時代もあった。年金は昭和34年(1959年)11月に始まったが、当時、私は個人営業をしていたから年金の掛け金も少なく、実入りも少ないことはわかっていたものの、将来に夢と希望を持っていた。
だが、今はどうだ?マイナス金利で利息はつかない、思ったほど年金も支給されない時代となった。日本興業銀行もみずほ銀行となり、金融商品に利息が付かなくなったので解約した。あてにしていた利息も得られず、物価も上がり、年金だけでは生活できず、今、3,000万円を取り崩しながら、生活している。マヨネーズなんか、価格は変わらなくても中身が少なくなってしまっている。
世の中がおかしくなっている。優雅な老後を夢見て粉骨砕身、働いてきたのに、このような状況になるのは到底納得できない。一部の政治家や官僚の天下り連中が私服を肥やすために、我々の血税をむさぼり喰っている。我々の税金は必要のない建物の費用などに充てられているが、かたや我々のような老人は厳しい局面に追い込まれている。近所の老人が孤独死した
先日、近所の老人が孤独死した。子どもたちは離れて暮らしていたようだが、それに気づかなかったようだ。時代が変わったからといえど、家族が家族でなくなっている。はたして、スーパーマーケットの惣菜を並べただけの食事が晩御飯と呼べるのか?援助交際、子どもによる殺人などおかしなことばかりが起きている。このような現状で、これからの老後をどうやって過ごしていけばよいか希望が持てません。安倍さん!老人に夢のある政策をお願いします!
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