国際法違反指摘できぬ高市首相

政治経済学者 植草一秀

 米国によるイランに対する軍事攻撃および最高指導者夫妻等の殺害について、米国の国際法学会は3月2日、「トランプ政権は国際法を再び無視している」と非難する声明を発表した。同学会は先制攻撃を正当化する国際法上の根拠がないとする。併せて、自制と交渉による解決を呼び掛けた。

 声明は今回のイラン攻撃を1月のベネズエラへの攻撃に続く「国連憲章が定める武力行使の禁止に違反するいわれのない軍事攻撃」とした。声明は中東地域で拡大する暴力の激化に深い懸念を示し、すべての当事者に国際人道法と国際法秩序の尊重を求めた。

 国連憲章は、加盟国が他国に対して武力行使や武力による威嚇を行うことを禁じている。例外は「国連安全保障理事会による承認を得た場合」または「武力攻撃に対する自衛権の行使」のみ。今回はどちらにも該当しない。米国のイラン軍事侵攻は明白な国際法違反、国連憲章違反である。

 ところが、高市首相は米国の国際法違反を指摘しない。自分の身を守るためには正義など捨てても構わないとの姿勢が鮮明だ。一人の日本国民として日本の首相がこのような低劣な姿勢を示すことを大変に残念に思う。

 武力行使について「先制自衛」という概念もあるが、「先制自衛」を正当化するには圧倒的で差し迫った攻撃を受けるという確実な証拠が必要。トランプ米大統領の説明は二転三転している。トランプはイランが先制攻撃を仕掛けてくると感じ、米国内外の軍事基地や同盟国に対する「差し迫った脅威」を排除するための攻撃だったと述べた。しかし、明確な証拠を示していない。

 これとは別にトランプはイランが1カ月以内に核兵器を保有しうると述べた。だが、これについても証拠を示していない。トランプは昨年6月の米国によるイランに対する軍事攻撃の際に、米軍がイランの核プログラムを「全滅させた」と述べた。イランの核プログラムを全滅させたのなら、イランが1カ月以内に核兵器を保有しうるとの発言は完全な矛盾だ。

 さらに、米国の法体系上の問題も指摘されている。米合衆国憲法は大統領を軍の最高司令官とし、外交を指揮する立場にあるとするが、宣戦布告の権限を⁠持つのは連邦議会のみ。米国の歴代大統領は議会の承認なしに軍事攻撃を指揮してきた歴史事実を有する。しかし、それは戦争とみなされる規模や期間よりも限定的な攻撃にとどまる場合に限られてきた。今回のイラン軍事侵攻はこの範疇にとどまらない可能性がある。

 2001年のアフガン戦争、2003年のイラク戦争は議会が承認した。ロイターのTom Hals記者は1973年の戦争権限法(WPR)が大統領権限に対する歯止めとしての役割を果たすと指摘する。
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 WPRの規定によれば、大統領が軍を武力紛争に投入できるのは、議会が宣戦布告をした場合、特定の権限を与えた場合、または米領土や軍への攻撃に反撃する場合に限られる。大統領は議会に定期的な報告を行う義務がある。今回のイランへの軍事侵攻では大統領が3月2日から議会への報告を開始した。議会の承認がない軍事行動は、延長されない限り60日以内に終了させなければならないとされている。

 現在、議会の超党派議員がイランからの米軍撤退を求める決議案を採決する予定だが、トランプ大統領の拒否権を覆すのに必要な3分の2の賛成を得る可能性は極めて低いとする。Hals氏は、専門家が国民の反対世論こそが攻撃継続を阻止する主な抑止力になると指摘していると訴える。各種世論調査では米軍のイラン軍事侵攻への反対意見が最多、あるいは過半数を占めている。トランプ大統領の膨張主義政策は極めて厳しい局面を迎えている。

 第2次世界大戦後の世界秩序は「平和共存」の原則によって成り立ってきた。「平和共存五原則」は

主権及び領土保全の相互尊重
相互不可侵
内政に対する相互不干渉
平等及び互恵
平和共存
からなる。

 1954年6月、中国の周恩来首相とインドのネルー首相が、両国の友好関係の基礎として確認しあった原則。米ソ冷戦下における第三世界諸国の存立の基本とされた理念。世界には政治哲学、思想、体制の異なる国が多数存在する。その多様な国家が平和裏に共存するための最重要五原則が提示され、尊重されてきた。それぞれの国家の内政に干渉しない。主権および領土保全を相互に尊重する。そして、相互不可侵が絶対的な原則である。

 これと対立するのが「一極支配主義」。米国の価値観・思想・哲学が唯一絶対の善であり、これに従わない国家を力で従属させる。これが米国のネオコンの思想だ。究極の目標は米国による一極支配。ワンワールドの構想だ。この発想によって米国は他国への軍事侵攻、他国の政権転覆工作を繰り返してきた。

 「世界のならず者国家」第一位に君臨するのが米国だ。その米国の逸脱が一段と加速している。トランプは「戦争をやめさせること」を第2期のミッションとしたが、その公約と裏腹に、多くの戦争を創作してきた。米国の横暴、暴走を放置すれば世界の平和秩序は崩壊する。すでに崩壊しつつある。

 この米国の暴走、横暴に立ち向かう国は存在する。スペインのサンチェス政権は米国のイラン軍事侵攻の当初から「国際法の尊重」を求め、3月2日に米軍のスペイン国内軍事基地使用を拒否することを表明。トランプ大統領は激怒し、スペインとの貿易取引を断ち切ると述べた。

 英国のスターマー首相は3月2日、議会演説でイラン攻撃に参加しないことを表明。イラン攻撃は法的条件を満たさないとした。カナダのカーニー首相は米国のイラン軍事侵攻について「国際法に違反しているようだ」と述べた。

 米国内では下院民主党のトップであるジェフリーズ院内総務が「イランから差し迫った攻撃の脅威があることを示す証拠がない」として「米国は違憲かつ違法に攻撃を開始した」と断じた。与党共和党のデビッドソン下院議員は「米国は戦争状態にあるが、下院は(戦争権限法で定められた)宣戦布告をしていない」と指摘した。

 これに引き換え、高市首相は何も言わない。何も言えない。日本は著しく恥ずかしい国に落ちぶれている。


<プロフィール>
植草一秀
(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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