天皇は何のためにあるのか?(3)

福岡大学名誉教授 大嶋仁 氏

皇室と外交

 今回の昭和百年記念式典で現政府に失態があったとすれば、それは皇室の存在意義、すなわち日本の外交における皇室の役割の意味がわかっていないことによる。私の学生時代のイギリスでの経験からしても、日本と海外をつなぐのは首相や外務省の人たちではなく、皇室なのである。皇室と外交、これは切っても切れない関係にある。そしてそのことは、皇室と宮内庁が誰よりもよく知っていることなのである。

 かつて江上波夫という考古学者がいて、『騎馬民族国家』(1948年)という本で有名になった。この本によれば、東北アジアの騎馬民族が日本列島に侵入したことによって大和朝廷ができたことになる。この説はのちの研究者によって「誤り」として否定されるに至ったが、日本国家の原型である「大和」の根源を日本国外の勢力に帰したところに意義がある。日本と朝鮮半島全域が東北アジア騎馬民族によって支配され、そこからそれぞれの国家が生まれ出たということで、日本とアジア、とくに朝鮮半島との民族的親近性の根拠を示すことにもなっている。

 この江上の説は戦後まもなく提出されたものであり、当時としては誰にとっても「目から鱗」であったに違いない。新しい歴史理解を求めていた昭和天皇にも注目され、江上は当時の宮内庁から天皇への進講者に選ばれている。つまり、昭和天皇は日本と世界に関する歴史ヴィジョンを、この江上から教わったのである。両者はその後親しい仲になったとも言われている。

 現在の明仁上皇はこのような環境で育っている。父親から江上の騎馬民族国家説を伝えられていた可能性もある。そうであればこそ、同上皇が天皇陛下であったときに『続日本紀』に言及し、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であることに触れ、「韓国とのゆかり」を感じていると公言したであろう(2001年)。そのとき上皇は、百済から仏教と論語が日本に入ったことにも触れ、日本文化の根底に百済があることをさりげなく国民に伝えた。

 この明仁上皇の発言は韓国では大々的に報道され、逆に日本のメディアの消極的な反応が非難されもした。「日本では韓国との深い縁が無視される傾向がある」という批判があったのである。

 他方、この天皇発言を危険視する声も韓国にはあった。これを植民地時代の「日朝同祖論」と結びつけたのである。日朝同祖論は「朝鮮人=日本人」という考えから朝鮮人を「日本化」するための論であり、韓国では朝鮮独自の民族文化と歴史とを「否定」するものとして、長く批判の対象となってきたのである。

 さて、明仁上皇の息子である天皇陛下の歴史ヴィジョンはどうだろう。昭和天皇以来のヴィジョンは受け継がれているのだろうか。父親ほどはっきりした発言をしないこの天皇であるが、皇太子であったときの小和田雅子との婚姻のプロセスに、それが現れているように思える。

 巷では当時の皇太子が「この人でなくては」と強い意思を示したことが話題になった。しかし、それだけではなかったはずだ。小和田雅子が「外交官」であったことが大きな意味をもったに違いない。「外交」が皇室にとっての「使命」であるならば、妃に外交官を選ぶことは「理」にかなっている。

 現天皇の皇后雅子との婚姻は、皇后の父親小和田恒が外務省の上級職に就いていたこととも関係しよう。小和田恒は戦後80年の記念講演で、日本のメディアが戦争による被害ばかりを報道し、日本が「加害者」であったことを話題にしないようにしていることに遺憾の意を表している。彼は若い時に、日本との戦争によって多大な被害を受けた中国や韓国との戦後における関係修復に奔走した人である。皇室はそうしたことを宮内庁を通じて調べたうえで、戦争の「反省」と近隣諸国との「平和」を望む立場から、当時皇太子であった現天皇の婚姻を後押ししたに違いない。

 現天皇もおそらくそのことを十分意識して、雅子との婚姻に際して「外交の仕事は皇族になってからも続けられますよ」と説得したのであろう。2人の婚姻のキーワードは「外交」なのである。

 以上のことを踏まえてあえて言わせてもらえば、戦後における日本の皇室は、政府の外交政策をチェックする役割を自らに課し、時には「補足」を、時には「牽制」する役割を担ってきたということになる。表向きは政治に関与しないものの、裏で関与してきたのである。このことは、何より昭和天皇とマッカーサーの会見が11回にもわたっていることが示している。この会見は、4回目以降は天皇が「象徴天皇」となってからのものだった。

 つまり、昭和天皇は「象徴天皇」であろうとなかろうと、アメリカ政府が吉田茂内閣と交渉を繰り返していたのと同時進行で、独自の外交を展開したのである。「皇室外交」は国賓を迎えての晩餐会といったレベルの問題ではない。それはもっと深い何かであり、その淵源は過去に遡らなくては見えてこない。

(つづく)

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