唐津市で生まれ育った画伯の中島淳一氏。このシリーズでは同氏の中学・高校の同期であった友人との電話のやり取りを文章化することで、半世紀前の青春時代(高校時代)を振り返っていただきたい。
悪友Kは真の友人
珍しく二日続けて、悪友のKから電話があった。
普段のKは、用事でもなければ電話などしてこない男である。しかも、こちらの近況を気遣うような性格でもない。会えば毒を吐き、電話でも人を馬鹿呼ばわりし、褒めるという文化を人生の途中で失ってしまったような男だ。
だから二日続けて電話がきたとき、何かあったのかと思った。まさか誰か死んだのか。あるいは本人が病気にでもなったのか。そう思いながら電話を取ったら、いきなり怒鳴られた。
「馬鹿野郎。お前、なんで病院に行かねぇんだよ」
何のことか分からず、一瞬黙ってしまった。
「何のことだよ」
「Yから聞いたよ。お前さ、左手の指が三本、動かねぇっていうじゃないか」
「ああ、そのことか」と思った。確かに、最近、左手の中指、薬指、小指が妙に固くなり、うまく動かなくなっている。完全に麻痺しているわけではない。だが、何かを握ろうとすると違和感がある。長時間パレットをもつと疲れてしまう。もっとも、私はあまり深刻には考えていなかった。歳を取れば、身体のどこかしこに不具合が出てくる。そんなものだろうと思っていたのである。
「いや、大したことではないと思っている。老化現象だろう。歳を取ると指が固まってくるって聞くし。注射を打つと治るとも聞いた。そのうち行こうと思っている」
(老化に気を付けないといけない)
するとKは、呆れたように言った。
「馬鹿だな、お前。自分で診断してどうすんだよ」
そして、いつもの説教が始まった。
「原因はいろいろあるんだよ。指だと思っていても、肘から来る場合もある。肩かもしれない。頸椎かもしれない。最悪、脳かもしれない。そんなもん、素人が分かるわけねぇだろ」
言われてみれば、その通りである。しかし私は、あまり痛みがないせいか、どうも危機感が薄い。
右手は動く。
原稿も書ける。
絵も描ける。
だから、何となく放置してしまっていた。「違うよ。そんなに不自由してはいないんだよ。右手じゃないし、絵も描けるし、原稿も書ける」。
するとKは、ますます声を荒げた。
「そこだよ。お前の馬鹿さ加減は!」
この男は、どうしてこうも人を怒鳴るのだろう。高校時代から何も変わっていない。いや、むしろ年齢とともに毒舌に磨きがかかっている気さえする。
「じゃあ右手が動かなくなったらどうするんだよ。今のうちに行けって話だろうが…。早く整形外科に行けば、治るものもあるはずだよ。放っといて悪化したら、どうにもならなくなるだろ」
(頑固者、中島は反論する)
さらに畳み掛ける。
「お前な、ころっと死ねればいいよ。家族にも迷惑がかからない。でもな、両手が使えなくなって仕事もできなくなって、周りに迷惑だけかけるジジイになったらどうするんだ」
そして最後に、余計な一言を忘れない。
「今まで以上に嫌われ者になるぞ。お前のことだから、自分が嫌われていることにすら気づいてねぇんじゃないか。まさか奥さんに愛されているとか誤解してねぇだろうな」
私は思わず声を出して笑ってしまった。相変わらずである。普通なら腹を立ててもいい話だ。しかし、不思議と腹は立たない。なぜなら、この男が本気で心配している時ほど、口が悪くなることを知っているからだ。優しい言葉を言えないのである。言えない代わりに怒鳴る。心配していることを、説教というかたちでしか表現できない。不器用といえば不器用だが、それがKという男だった。
考えてみれば、若いころからそうだった。無茶をすると怒る。無理をすると説教される。こちらが弱音を吐くと、「甘ったれるな」と言いながら、なぜか最後まで付き合ってくれる。友情というものは、案外こういうものなのかもしれない。(友情の神髄)
優しい人ほど、本音を言わない。角が立たないように、気を遣う。だが、悪友というのは違う。
遠慮がない。
失礼である。
言葉は汚い。
しかし、本当にまずい時ほど逃げない。今回もそうだった。数日前、Yと電話したときのことである。
Yは最近、膝から下の調子が悪く、歩くのにも不自由が出てきたらしく、整形外科に通っているという話をしていた。
年齢を重ねると、どうしても身体の話が増える。若いころは未来の話をした。夢の話をした。恋愛や仕事や成功の話をした。ところが還暦を過ぎると、いつの間にか会話の中心が、血圧、腰、膝、睡眠、病院になる。なんとも情けない話である。その流れで、私も左手のことを話した。すると、どうやらYがKに電話をしたらしい。まるで老人ネットワークである。いや、情報共有が早すぎる。
高校時代、誰が誰を好きだったという話は何カ月も秘密だったのに、病気の話だけは異様に伝達速度が速い。もっとも、それだけ歳を取ったということなのだろう。身体が壊れるということが、もはや他人事ではない。
若いころは、自分だけは死なないような気がしていた。身体も無限に動くと思っていた。徹夜もできた。無理もできた。少々壊れても寝れば治った。
しかし、今は違う。老いというのは、ある日突然やってくるものではない。少しずつ、静かに侵入してくる。
ある日、階段がつらくなる。
ある日、疲れが抜けなくなる。
ある日、指が動かなくなる。
そして、それを「まあ歳だから」と軽く流そうとする。だが、画家にとって、手というのは単なる身体の一部ではない。手は、ほとんど人生そのものだ。
絵を描く。
文字を書く。
脚本を書く。
小説を書く。
(老後の先は死しかない)
何十年も、私は手を使って生きてきた。もし本当に使えなくなったらどうなるのか。正直にいえば、少し怖い。だからこそ、私は妙に楽観的になっているのかもしれない。「きっと注射で治る」そう思いたいのである。
いや、思い込もうとしているのかもしれない。とはいえ、このまま放置するつもりはない。
親指と人差し指は動くので、茶碗くらいなら持てる。しかし、長時間パレットをもつのは難しくなってきた。やはり絵を描く時に不自由である。来週、30年前に通ったことのある整形外科へ行ってみようと思う。
病院という場所は、どうも好きになれない。待たされる。検査される。悪い結果が出るかもしれない。誰だって少しは怖い。だが、Kのいう通りなのだろう。自分で診断して安心していても、何も始まらない。原因が分かれば、治療法も見えてくる。
もっとも、診察結果をKに報告したら、多分第一声はこうだろう。
「だから最初から行けって言っただろう。馬鹿野郎」
そう言いながら、きっと少し安心するに違いない。
(つづく)
【編集:青木義彦】








