インド視察から学ぶ、インドの時代がくる(9)インド覇者の道②

イラン侵攻後、インドの人望に期待感が募る

インド ニューデリー イメージ 現代の世界構造については後述するが、今回のイラン攻撃によるハメネイ師爆殺は「ユダヤアメリカ帝国」がイスラエル防衛の為に先制攻撃を仕掛けたということである。この戦争は短期間では終了はしない。アメリカ・トランプは、あちらこちらに戦争・領土略奪を仕掛けているが、その結果、世界の友好国から不信、反発をもたれるようになってきた。

 世界は新たな秩序へと変革する時代に突入した。その中で、世界各国がインドに対して抱く期待感の源泉は、かつてのイギリスによる長年の植民地支配という歴史的背景に根差している。

 根幹はインド独立の父・ガンジーの存在・実績である。第一次世界大戦後のインド独立運動の指導者であった。国民会議派を率いて「非暴力・不服従の理念」を掲げて独立を勝ち取ったのである。過去の実績から「インドは暴力的な支配はしない」という信頼感を抱かれているからこそ期待されているのだ。

ユダヤ・華僑・印僑2000年の歴史

 ユダヤ・華僑・印僑の経済力の歴史をおさらいしてみよう。世界の経済を牛耳ってきたこの三大勢力を個別にまとめてみよう。「ユダヤ」の場合は2000年間、民族差別・虐殺という残忍な迫害を繰り返し受けてきた。要はビジネスが上手で定住した地区(国)で経済活動の実体を掌握していった。だからこそ地域の権力者・住民から嫉妬と恐怖感を抱かれて弾圧を受けるという悲惨な民族体験をしてきた。その最大の悲劇はドイツのヒトラーから大虐殺を受けたことである。しかし、ユダヤ民族は消滅しなかった。

 ユダヤ資本の蓄積はヨーロッパが主体であった。最終的には第二次世界大戦でナチス・ヒトラーによるヨーロッパに定住していたユダヤ人への抹殺行為からアメリカへ大逃避したことが、功を奏したといえる。

 話を15年前に戻す。エストニアにてソ連・スターリン時代の独房を見学した。スターリンもヒトラー同様の圧殺を行っていた。ある管理者に「このエストニアの経済活動のなかでユダヤ人の占める実力はどのくらいあるのか?」と尋ねたところ、「40%は占有していた」との回答。これでは地元民から妬まれるのは至極、当然である。

 しかし、民族圧殺には至らなかった。下記の通り、アメリカ定住が成功した。アメリカの資本の大半をユダヤ財閥が握っている。民族国家としても「イスラエル」という独立国家を立ち上げた。「ユダヤ資本アメリカ国家」という最大の経済・軍事勢力として世界に君臨する一大勢力として跋扈しているのだ。

インド対支那との抗争の歴史

 インドシナ半島の名づけの意味は?インド政権と支那王朝が、その地の勢力圏をめぐって争奪戦を展開していた。インド側からの立場からみれば、ミャンマー(昔のビルマ)は大概、インドの支配下であった。支那側からいえばベトナムは少なくとも10世紀までは植民地扱いで統合していた。タイは自力の王国時代とかなりの時間、自立を保っていた。いうなればインドシナ半島は、西暦0年からインドと支那が争奪戦を繰り返していたのである。この2国は長年、宿敵であった。

華僑・印僑

 西暦ゼロ年から1500年まではインド・支那はアジアの覇者であった。ところが1500年以降、ヨーロッパ(イギリス、ポルトガル、スペイン)の台頭により、両国とも長い植民地化時代を迎える。第二次世界大戦が終了するまで、国家としての権限を奪われていたのだ。だが、その屈辱的な期間においても、「華僑・印僑」として経済活動で富を築き上げるグループが存在した。

 華僑の底力を直接、目撃したのはインドネシアの離島であった。15年前に山崎広太郎元福岡市長共々、ライオンズクラブメンバーとシンガポール経由で、インドネシア領土の島に上陸した。目的はマングローブ植栽であった。3日間、汗を大いにかいた。そこで参加者全員で夕食を楽しんだ。その食堂は住民たちが集う憩いの場である。段々理解するようになってきた。現地の駐在員(マングローブ現地責任者・もちろん日本人)が説明してくれた。「この島の経済を掌握しているのは華僑です」と耳にしたときに、「あぁ、インドネシアの地方経済の実権を華僑が握っているのか」と察知した。

地域:東南アジア、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム

では印僑はどこにいるのか?

 インドシナ半島を過去、10回ほど巡ったことがある。しかし、印僑商人とお目にかかることがなかった。「印僑」は一枚岩ではない。グジャラート商人、シンド商人、チェッティヤール(南インドの金融商人)、パールシー(ゾロアスター)と呼称も様々である。

 日本からインドを見ていると気づきにくい「死角」がある。大英帝国期、英領植民地の行政に組み込まれてインド人移民がアフリカ東部へ運ばれた時代経緯がある。そうだ。印僑の活動拠点は東アフリカを中心としたアフリカが拠点であったのだ。

 今でも現実、華僑と印僑はビジネスの最前線で競い合っている。たとえば、ドバイにおけるゴールド取引はインド印僑が絶対であるそうだ。

 歴史を振り返りながら、また実需状況に話を進めよう。

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