熊本地震、震度7の恐怖のなかの自助と共助(後)
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支援格差
2度の震度7で混乱したのは市民だけではない。18日朝、震災発生後の対応の遅れについて、涙ながらに「我慢してください」と市民に訴える大西一史熊本市長の姿がテレビに映し出された。14日の「前震」後、すぐに準備を始めたが、「本震」が起きたため対応が遅れたと一生懸命に説明していた。
「地震発生後、熊本県、熊本市ともに機能していなかった」と、地震発生直後から現地の地方議員とともに支援活動を行った松尾嘉三福岡県議は指摘する。「地震発生から最初の3日間は人命優先。交通規制を行い、震源地付近や救急病院などに車や人を集中させないようにするべきだった」(松尾県議)。「前震」の翌日(15日)、被害が大きかった益城町周辺では町役場への道で大渋滞が発生し、消防車や自衛隊の車も巻き込まれていた。
生命線とも言える水に関して行政の混乱が感じられた。上下水道の現状について本庁では把握していないという実態が浮き彫りになったのである。震災発生から3日後の17日時点で市に問い合わせても上下水道局の電話番号を教えるのが精一杯。ある応急給水地点では給水待ちの渋滞が発生している一方、一時的なものかもしれないが、同じ市内でも並ばずスムーズに水が汲める応急給水地点があるなど、支援格差を感じさせる光景が見受けられた。
2千台を超える避難者の自家用車が集まった益城町のグランメッセ熊本では、「16日の昼ご飯が、パンの欠片におにぎり1つ、水500mlという状況だった。地元の中高生も手伝っていたが、仕分けと配送をする人員が圧倒的に不足し、物資を取りに行く余裕もなかった」(松尾県議)という。刻々と変わる状況のなか、適切に支援が行われるためには、「被災地に今何が必要か」という情報の伝達が不足していた。
震災発生から2週間が過ぎ、水道の復旧はかなり進んでいるが、「水の都」と言われるほど、潤沢に水源がある熊本市だからこそ、なんとか持ちこたえられたのかもしれない。井戸水や湧き水などが各地に豊富にあり、飲用以外の生活用水なら、それらの水を分け合うことで凌ぐことができた。トイレの排水に使う水として川の水を汲む人もいた。市長の涙のメッセージに『自助』の精神で奮い立った市民は少なくはないようだ。
(了)
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