東ヨーロッパには何があるのだろう(26)
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“死のダンス”と城壁
「聖ニコラス教会」は、ゴシックとバロックが共存する教会だ。ここもまた、ナチスドイツの占領下の1944年3月、連合国の爆撃を受けた。そして、また民衆の手によって、残された城壁を使って再建されたのだ。まさに人の手は、神の手に似ている。
この教会で有名なのが、15世紀に描かれた絵画“死のダンス”。14世紀に大流行したペストの恐怖を題材として描かれたと言われ、どんな人間も死と隣り合うという恐怖を表している。たとえ、それが王侯貴族でも…。
この絵画も、原画は爆撃で焼失。そして復元。いやはや人間とは…。悲しく、またたくましい。街を護る中世の城壁が、これほど完全に残っている例はめったにない。タリンの城壁は1200年代半ばに建設が始まり、300年近くかけて全体が完成した。高さは15メートル前後。全長は2.4km、壁の厚さは3mほどある。なぜか城壁に沿って、衣料品を売る露店がたくさん出ている。
短い太陽の季節
北緯60度の太陽の季節は短い。日差しがあると寸暇を惜しんで水辺に出かけて、それを全身で受け止める。時間のある人は水遊びを兼ねて、仕事のある人は仕事を兼ねて。
たしか昔は、日本も紫外線は夏の友達だった。今、我が国では、夏の日差しの下では老いも若きも月光仮面のような格好をするのが普通だ。だいたい、アングロサクソンやゲルマン、ノルマンの人たちは、サングラスはするが日傘はささない。帽子もあまりかぶらない。その昔、寒くて日差しの少ないところで活躍した彼らは、青い目と白い肌と、黒くない髪を手に入れた。
大和の祖先は、日差しこそあったが雪と氷に閉じ込められた。おかげで手足が短くなり、ついでに指まで太く短く、低い鼻と厚ぼったい瞼を手に入れた。これが、凍傷にやられない最善の体型だ。そしてそれは、残念(?)ながら、氷河が終わった今でも続いている。加えて、陽にさらされて黒い肌を手に入れれば、北の奴らにもっと笑われる。そんな思い込みが、月光仮面スタイルに乗り移る。
(つづく)
<プロフィール>
神戸 彲(かんべ・みずち)
1947年生まれ、宮崎県出身。74年寿屋入社、えじまや社長、ハロー専務などを経て、2003年ハローデイに入社。取締役、常務を経て、09年に同社を退社。10年1月に(株)ハイマートの顧問に就任し、同5月に代表取締役社長に就任。流通コンサルタント業「スーパーマーケットプランニング未来」の代表を経て、現在は流通アナリスト。関連記事
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