元「鉄人」衣笠氏が斬る!~2人の世界
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25年ぶりの広島東洋カープ優勝の瞬間、ベンチでの緒方監督やコーチの何とも言えない安堵感のような空気をテレビが映し出していた。監督やコーチには、この大きなゲーム差は大変なプレッシャーになっていたことだろう。これは、選手よりも大きなものだったはずである。
そんなシーンをじっと見ていると、今度はグランドにカメラが戻り、黒田投手と新井選手が喜びに包まれて、しっかりと確認するように抱き合っているシーンが映し出されていた。この瞬間、この2人にしかわからない世界が、2人にこのようなシーンを自然とつくらせたのだろう。
黒田投手、新井選手は、ともに2008年にカープを一度離れた2人である。年長の黒田投手は長年の夢であるメジャー・リーグへの挑戦、もう1人の新井選手はFAによる阪神への移籍。2人には、大きな夢(優勝争い)を追いかけたいという共通した思いがあったと思う。
黒田投手は、多くの日本人投手のメジャーでの大活躍を見るにつけて、「自分も挑戦したい」「どこまで自分のボールが通用するのか試してみたい」――と、アスリートならば当然抱く夢を抱いたことだろう。多くの、ともに日本で戦った投手が頑張っているのだから、そのチャンスがやっと来たのだから、逃すことはないと思った。場所も良かった。西海岸の名門、少し元気がなかった時期ではあるが「ドジャース」である。気候も良いし、多くの日本人もいるし、昔から馴染みのある町で家族を置いておくのも安心できるところである。野球に専念できるだろうという気持ちを持っていた。
そしてもう1人の新井選手のほうは、尊敬する金本選手が阪神に移籍して、毎年、新井選手に優勝争いの素晴らしさをおそらく何度も話したのだろう。毎年、優勝争いとはまったく縁のないところで秋を迎えていた新井選手の心のなかに、「1度でいいから優勝争いをしたい」という野望が芽生えたのだろう。そこでFAの権利を使い、先輩とともに優勝を争える阪神に移籍を決めたと思う。この新井選手がカープを離れるときに、「8月、9月に痺れるような優勝争いのできるところで野球がしたいのです」――と、涙ながらに訴えた言葉を今でも覚えている。この言葉を聞いて彼の心のなかが見え、移籍も仕方がないか、と納得したものである。
私が入団させていただいた1965年当時、カープは「優勝」という文字がどこにあるのか?そんな時期だっただろう。キャンプのときに監督が「今年は優勝を目指して頑張ろう」と言っても、3日もするとこの言葉は消えてなくなっていたような時代である。74年までの10年間、私も優勝という言葉は知っていても、実感のない優勝だったと思う。なぜなら65年から73年までの9年間、巨人軍が9年連続日本一になり、「優勝は巨人がするものでしょう」という雰囲気が、強く感じられる時代であった、
ところが、長嶋選手に年齢というスポーツ選手が避けて通れない道が現れて、74年に引退。中日がセ・リーグの覇者になり、新しい時代が来た感がしたものだ。ただ、だからと言って「次がカープ」ということを考えた人は誰もいない。
そんな時代を経験しているだけに、その後、初優勝を経験して、8月、9月の優勝争いの苦しい経験、これでもかというほどのプレッシャーのなかで戦う苦しさと楽しさ。「これがペナントレースなんだ」と実感した経験を持つだけに、新井選手の気持ちが見えたのだろう。そして2人とも、場所は違うが多くの経験を積んで、優勝という共通の目的を持って帰ってきた。
私が、なぜこの2人に強い関心を持っているかというと、2005年に黒田投手はセ・リーグの最多勝、新井選手は本塁打王に輝いたシーズンを経験している。個人的にはよく頑張ったというシーズンだが、チームは最下位に低迷。どれだけこの2人が落ち込んだか、悔しかったか、何となく想像できる。「自分がこれだけ頑張ったのは何だったのか?」――2人の移籍の原点は、この辺りにあるのだろうか。自分がどれだけ良い成績を残しても、チームが沈んでいると心から喜べない現実を、黒田投手も新井選手もこのときに経験したのだ。
このときから私は、この2人がどうするか気になっていたのだが、期せずに08年に2人が移籍という道を選んだときに、それを思い出した。今回の優勝は、成績等にかかわらず、2人にはこのようなことを乗り越えて、心から喜べる自分がいるのではないだろうか。2人がマウンド付近でしっかりと抱き合っている姿を見たときに、「おめでとう!!!」と声をかけてあげたかった。
1年間本当に頑張り、優勝というご褒美をいただいた今、次はまだ経験していない日本シリーズ出場という夢を追いかけて、クライマックスシリーズで若い選手を力強く引っ張って、勝利に貢献してくれることを願っている。
2016年9月19日
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