2024年12月23日( 月 )

キッシンジャーが根回しするトランプ新政権の東アジア外交政策(前)

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副島国家戦略研究所・中田安彦

 トランプ新政権のアジア政策を予想得する上では、一見すると2つの異なったメッセージが発せられたことが重要だ。詳しく解説しなければならない。12月に入って、突然、トランプ次期大統領と台湾の蔡英文総統が電話で話したと報じられた。トランプがツイッターで、2日に「台湾のプレジデントから当選祝いの電話を受けた」と報告したのだが、これはカーター政権時代の1979年に米国と台湾が正式に断交して以来の初の直接のやり取りとなった。そのため、この電話会談はトランプのアジア外交が台湾問題について中国に強硬姿勢で臨むシグナルではないかとの観測も飛び交った。この電話会談は単に台湾の総統が他の国家指導者と同様にトランプ当選に祝意を示すものではなく、米台双方のすり合わせによって、入念に準備されていたことがすぐに報道されたが、その中心にあったのが政権移行チームの核となっているシンクタンク、保守系のヘリテイジ財団の関係者だったのだ。

usa ヘリテイジといえば、石原慎太郎が都知事時代に尖閣問題に絡んで「東京都が尖閣諸島を買う」と爆弾発言をして、その後の野田政権による国有化のきっかけを作った舞台となったシンクタンクだが、その設立者の一人でトランプのアドバイザーでもあるエドウィン・フェルンナーが大統領選挙直前の10月に訪台していたことがわかった。他にもトランプ支持者であったボブ・ドール元上院議員のロビー団体が裏で動いていたことがわかっている。また、トランプ政権の運輸長官に指名された、ブッシュ政権の労働長官だった、レーン・チャオ女史は、上院共和党の最高指導者であるミッチ・マコネル院内総務の奥さんだが、偶然にも、ヘリテイジの特別研究員であり、台湾系アメリカ人である。他にもトランプ選対の外交顧問であった、経済評論家のピーター・ナヴァロは外交専門誌の「フォーリン・ポリシー」や「ナショナル・インタレスト」に台湾との関係強化を訴える寄稿を行っている。このようなところから、トランプ政権は台湾との関係を重視し、米中の緊張関係を高めるのではないかと思われたが、意外なことに中国側の公式の反応は実に抑制されたものだった。

 実はこのトランプと台湾総統の蔡英文の電話会談と並行して、重要な動きが進行していた。それはトランプに対して外交政策のアドバイスを選挙期間中から行っていたと言われる、ニューヨーク政財界の主流派のシンクタンクである外交問題評議会(CFR)の理事を長年勤め、ロックフェラー家のお抱えと言われるヘンリー・キッシンジャー元国務長官が、11月17日と12月5日の二度、トランプに面会し、その間の12月2日(台湾総統の電話と同じ日)には中国の北京で中国の最高指導者である習近平国家主席と人民大会堂で会談しているのだ。キッシンジャーの訪中は「米中関係のシンポジウム参加目的」と報じられたが、「米国の新政権も、米中関係の安定した持続的発展の推進を願っていると信じている」とのメッセージを伝えている。帰国後の5日にはクリントン政権の国務長官であったマデリーン・オルブライトと共同でニューヨークの米中友好団体主催のシンポジウムに登壇し、台湾総統からの電話に対する「中国の抑制された反応に感銘を受けた」とコメントしていることが報道された。オルブライトは中国がWTOに加盟した2000年当時の国務長官で、中国の経済発展の功労者と言える人物だ。

 キッシンジャーはこのシンポに前後してトランプタワーを訪問したと見られるが、その数日後に新しい駐中国大使として、アイオワ州知事のテリー・ブランスタッド知事が指名されることがわかったのだ。アイオワ州はアメリカの有数の農業州で、大統領選挙でもトランプが勝利した州だが、同知事は早くにトランプ支持を表明していた。アイオワ州は、習国家主席が河北省の共産党委員会書記だったころ、代表団を引き連れて農場視察をした場所だ。習主席は、1985年には当時の知事室で副知事時代のブランスタッドと面会して以来の「旧友」だったのだ。習主席が国家副主席時代の2012年にアイオワ州を訪問したが、その前年に知事になったブランスタッドが訪中している。これが訪米のきっかけになったのかもしれない。キッシンジャーの訪米時には、友好継続の意思表明だけではなく、おそらく新大使の人事を伝達する目的もあったのではないか。そう考えると、台湾総統との電話に対する中国の反応がアメリカに対しては抑制的だったことも納得できるのである。

(つづく)

<プロフィール>
nakata中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。

 
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