2024年12月27日( 金 )

メディアを「生態系」として捉えるネット社会(3)

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関西大学総合情報学部特任教授 松林 薫 氏

客観的事実にもびくともせず考え直さなかった

 ――次にネットニュースの信頼性について、「社会問題としてどう対処していくのか」を教えて下さい。

関西大学総合情報学部特任教授 松林 薫 氏

 松林 この問題の対処は、とても厄介です。2016年に行われたアメリカの大統領選がとてもわかりやすい例です。トランプ大統領は、演説会やSNS(ソーシャルネットワークサービス)で事実誤認や差別意識をたくさん含んだ発言を繰り返して、物議を醸しました。それに対して、ニューヨークタイムズやワシントン・ポストなどいわゆる信頼性のある報道機関が「これは間違っていますよ!」と客観性に基づく正しい事実(ファクト)を報道しました。しかし、理解してもらえませんでした。トランプ支持者はびくともしなかったのです。

 彼らは「それが真実であるかどうか」や「客観的な事実はどうなのか」はどうでもよく、自分たちが「そうあってほしい」あるいは「自分たちに都合のいい」情報を集めて信じようとしていたからです。彼らは決してメディアリテラシー(※)が低いから騙されたわけではないのです。

 この解決には、そのようなフェイク(偽)ニュースが拡がってしまうような「社会心理」がアメリカだけでなく、もちろん日本にも、世界中に蔓延してしまっているという根本的な問題にメスを入れる必要があります。それは一言でいうならば、「新聞不信」、「メディア不信」といわれるものです。

新聞が権力の腐敗を暴いたウォーターゲート事件

 1970年代まで遡るとアメリカでは、新聞記者はいわゆる市民の側に立って権力と対峙する「正義の味方」でした。そのことを象徴する76年に製作された映画に『大統領の陰謀』(72年のウォーターゲート事件を調査したワシントン・ポストの2人の記者の手記が元になっている)があります。主人公は、有名一流大学を出て入社したばかりのウッドワード記者と、高校卒の叩き上げでベテランのバーンスタイン記者です。この2人が協力して、真実に迫り、ニクソン大統領を退陣に追い込みました。新聞が権力の腐敗を暴いた象徴的な事件といわれています。

 また、読者の皆さんは『スーパーマン』(70年代に日本初上陸)はご存じだと思います。主人公のクラーク・ケントは変身してスーパーマンになりますが、日常は大手新聞デイリー・プラネット社の記者です。彼が新聞記者を職業として選んだ理由は、スーパーマンが救えない人を救うため、すなわち「ペンは剣よりも強し」という思いからといわれています。当時の新聞記者には、市民の側に立って権力と対峙する「正義の味方」のイメージがあったのです。

正義の味方ではなくいけ好かない存在になった

 あれから40年、50年が経ちました。今、アメリカでは、新聞記者を「正義の味方」と思っている人は、ほとんどいないと思います。ニューヨークタイムズ、ワシントン・ポストなどの一流紙には、有名一流大学の大学院(ジャーナリズムスクール)を出て、さらに地方紙で数年は修行を積まないと採用されません。「ウォール街を占拠せよ」の合言葉である「1%の富裕層と99%の“私たち”」という表現を借りるならば、アメリカの新聞記者は決して富裕層ではありませんが、完全に1%の側、つまり「私たち」の味方ではなく「富裕層」の味方、「権力」の味方のようなイメージを持たれています。偏っていて「“私たち”市民の側に立っていない、いけ好かないエリート」という存在になっています。
 その新聞記者が、どんなに客観的に正しい事実(ファクト)を差し出しても、市民の心には響かないのは当然といえるのかもしれません。

「ブン屋」時代に比べればどんどんクリーンに

 日本でも、同じような現象が起きています。近年、よく「新聞記者は腐敗して堕落した」という表現を聞きます。この表現には、新聞記者本人でさえ妙に納得してしまう響きがあります。しかし、私は逆だと思っています。新聞記者は「ブン屋」と呼ばれていた時代と比べれば、どんどんクリーンになっています。日本でも大手新聞社の記者採用はほとんど有名一流大学出身者で占められています。高学歴で偉そうなことを言う鼻持ちならないエリートで、決して「私たち」の味方ではないと市民に思われています。

 反面、「ブン屋」時代は、「アウトローで行儀が悪く、オイタもするけれど、ここぞというときには市民の側に立って権力と対峙する正義の味方」のイメージがありました。しかし、このイメージは今では、映画やテレビドラマの世界だけに残っているにすぎません。

(つづく)
【金木 亮憲】

※メディアリテラシー:世の中にある、数え切れないほど存在する情報メディアを主体的に読み解き、必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力。

<プロフィール>
松林 薫(まつばやし・かおる)
1973年広島市生まれ。京都大学経済学部、同修士課程を修了後、99年に日本経済新聞社に入社。東京と大阪の経済部で、金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当、経済解説部で「経済教室」や「やさしい経済学」の編集も手がける。14年10月に退社。同年11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立し、代表取締役に就任。16年4月より関西大学総合情報学部特任教授(ネットジャーナリズム論)。
著書として『新聞の正しい読み方 情報のプロはこう読んでいる!』(NTT出版)、『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)。共著として『けいざい心理学!』、『環境技術で世界に挑む』、『アベノミクスを考える』(電子書籍)(以上、日本経済新聞社)など多数。

 

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