マンチェスター・テロ事件の隠された背景と意外な展開(後)
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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏
あまり公にはされていないが、英国もアメリカもテロ対策の名目で、中東地域に拡散するテロ組織に内部通報者を送り込んでいる。アベディ容疑者の父親もそうしたスパイ活動に関わっていた時期があるようだ。その観点からすれば、アベディ容疑者が頻繁に中東地域を訪ね、テロ組織と接点を持っていたとしても、それは内部情報を掴むためのものだった可能性を否定できない。
「敵の敵は味方」といわれるように、英国の場合は世界のテロ組織とさまざまな取引を重ねてきた。たとえば、カダフィを打倒するため、英国の諜報機関であるMI6がLIFG(リビア・イスラム戦線集団)と呼ばれるテロ組織と連携していたことは、その象徴といえるだろう。そのLIGFの英国での活動拠点がマンチェスターだった。しかも、アベディ容疑者の父親のラマダン・アベディはMI6の指令の下、LIGFのメンバーとなり、幹部にまでのし上がったことがわかっている。言うまでもなく、LIGFはアルカイダの下部組織である。
アベディ容疑者もトルコ経由でシリアやリビア、またドイツやサウジアラビアにも出かけていたことが判明している。その都度、どこの空港でも検問に引っかからなかったのはなぜなのか。何らかの力が彼を泳がせていたと考えるのが当然だろう。でなければ、度重なる彼の不審な言動に対して、英国の治安当局が逮捕、拘束といった手段を取らなかったことに納得がいかない。「テロとの戦い」といったスローガンが各国政府によって叫ばれているが、「テロに勝つために雇ったはずのテロリストに裏をかかれた」のかも知れない。
一部の報道では今回の自爆テロに関しては背後にIS(イスラム国)が係わっていたとの見方もあるが、実態はかなり複雑なようだ。確かに、父親や弟がISとつながりがあったことは間違いなさそうだが、今回の自爆テロに関わったかどうかについては確証が得られたわけではない。
加えて言えば、彼らの一家が二重スパイであったとすれば、英国やアメリカ、はたまたフランスやドイツの治安当局も関わっていたことをうかがわせるに十分だろう。フランスの諜報機関ですら、アベディ容疑者がシリアでテロの訓練を受けていた情報を掴んでいたというからだ。
いずれにせよ、今回自爆に使われた爆弾はこれまでISのテロリストが頻繁に用いていたものと同種であり、多数のクギが精巧にはめ込まれ、殺傷力の強いものであった。犠牲になった少女たちの多くは、全身にクギが刺さり、血まみれになっていたという。また、手足がバラバラになった遺体も散乱していた模様だ。
容疑者だけの知識では作れない破壊力の強烈な爆弾であり、背後の組織をうかがわせる。英国の警察に依れば、アベディ容疑者はネット上で爆弾の製造法を学び、必要な材料もあちこちの店で分散して購入していたという。本当だろうか。また、そこまで把握していながら、凶暴なテロ行為を食い止めることができなかったのは、なぜなのか。
2015年以降、パリを始めヨーロッパでは13件のテロが発生。恐らく、これからも続く可能性が高い。テロリストの動向を事前に把握し、未然に防ぐのは容易ではないだろう。しかし、努力を放棄するわけにはいかない。その点、残念に思われるのは、治安当局が今回の事件発生のちょうど4年前にロンドンで起きたテロ事件との関連性を見逃していたことだ。当時、マンチェスター出身の英国軍兵士がイスラムの熱狂的信者によって殺害された。あのテロを蘇らせようとの意図があったのかも知れないからだ。
実は、今回の自爆テロが起きる4時間前に、ISの支持者がツイッター上で、マンチェスターを名指して、「われわれの脅威を忘れたのか? 正義の恐怖を思い出させてやる」との書き込みをしていた。その予告通りになったわけで、過去の栄光を忘れず、繰り返す傾向の強いISの行動パターンを無視できないだろう。
と同時に、なぜ歌姫アリアナ・グランデのコンサート会場が狙われたかということだが、アメリカの人気女性歌手に群がる英国のティーンエイジャーを「宗教心の欠如した不浄な存在」と見なしたようだ。要は、「天罰を加える必要がある」と信じ込まされたようにも見える。
彼女のヒット曲を冠につけた「“危険な女”ツアー」と銘打って、世界各地でコンサートを開催しているグランデである。今回の自爆テロには、ターゲットを若い女性に絞った感がある。これは男尊女卑といわれるイスラム教の負の側面であろうが、少女やその母親を血祭に挙げようとしたのかも知れない。そうした宗教的メッセージ性は否定できない。アベディ容疑者が付き合っていたという女性は匿名でのインタビューに応えて、「英国で受けてきた差別に敢然と立ち向かったとしか思えません。おとなしくて優しかった彼をあそこまで狂気に駆り立てたものが英国人の差別意識だったのでしょう。親しかった友人のイスラム教徒が英国人の暴漢に殴り殺されたのに、英国の警察は何もしませんでしたから。“危険な女”という歌に熱中する英国人の女性たちに怒りをぶつけたのかも知れません」。
事件発生直後から、大勢が逃げ惑う映像がメディアでは繰り返し放送され、ユーチューブやネット上でも拡散を続けている。泣き叫ぶ少女たちや、その安否を気遣う母親たちの悲痛な訴えが世界中を駆け巡った。狂信者の願った通りになったのかも知れない。
しかし、その一方で、自らの危険を顧みず、被害者の救助に懸命に取り組んでいた人物がいたことも話題となった。その男性は以前はレンガ工だったが、職を失ってからはホームレスとなっていた。たまたま事件の夜、コンサート会場の近くで寝ていたという。
大きな爆発音で目を覚ました。「最初は花火だと思った」という。ところが、大勢の少女たちの泣き叫ぶ声に驚き、現場に駆け付け、倒れている子どもたちを見つけることになった。
見ると、足や腕、そして顔にクギが刺さっているではないか。彼は無我夢中で子どもたちの身体からクギを抜き取っていった。救急隊員が駆け付ける間に、このホームレスの男性が必死で救助活動に当たっているのを、同じく現場に駆け付けた地元の自治会長とその息子が目撃し、携帯で撮影。
一夜明け、病院で一命を取り留めた子どもたちのなかには、このホームレスの素早いクギ抜きのお陰というケースもあったようだ。そこで、自治会長はツイッターで「誰か、この人助けをした人物を知りませんか?」と写真を載せて、問いかけた。
すると、すぐさまマンチェスターの駅周辺をねぐらにしている人物であることがわかった。恐るべきSNSのパワーだろう。自治会長の呼びかけで、募金が始まった。その結果、このホームレスの男性には半年間の住まいを無償で提供し、社会復帰を助けることが決まった。
実は、他にも同様なホームレスの活躍が目撃されている。大勢の観客が集うコンサート会場のため、“お恵み”を求めてホームレスの男たちが何人もたむろしていた。「ホームレスだからといって、人を助ける心を失っていたわけではない」ことが証明されたわけだ。
悲劇の裏で咲いた小さな善意の花といえようか。そして、23歳のポップスターのアリアナ・グランデ。彼女も負けてはいないようだ。事件直後はショックを受け、世界ツアーを中止することを発表。事件の次の週末にはロンドンでの公演が決まっていたが、当然、キャンセル。アメリカに戻り、「ファンの皆さんには申し訳ありませんでした。お詫びの言葉が見つかりません」とつぶやいていた。しかし、このまま引っ込んでいるわけにはいかない、と決断する。
「できるだけ早く、マンチェスターに戻って、もう一度、コンサートを開きます。犠牲になった方々やその家族を救済するための慈善コンサートです。テロに負けてはなりません。勇気を奮って、皆でマンチェスターの悲劇を乗り越えましょう」。
「美女と野獣」のテーマ曲を歌う彼女のファンは全世界に広がる。「アリアナター」と呼ばれるアリアナのファンに限らず、テロと戦う大きな勇気の花が咲くことを期待したい。(了)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。関連キーワード
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