2024年11月24日( 日 )

トランプ現象を生んだ「アメリカ土着キリスト教」の真実(3)

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国際基督教大学 学務副学長・教授 森本あんり氏

 アメリカの現状を読み解く上では、神学的な理解が不可欠である。それは、アメリカがピルグリム・ファーザーズ(巡礼父祖)に代表されるプロテスタントたちが立ち上げた宗教国家だからだ。しかも、アメリカという国を最深部で動かすキリスト教という原理は、「土着化」してヨーロッパのそれとは大きく異なる。本来、『聖書』における神と人間の関係は「片務」契約である。すなわち、神は人間の不服従にも拘わらず一方的に恵みを与えてくれる存在だ。アメリカではそれが「双務」になり、さらに主客が逆転している。
 このことは何を意味するのか。話題の近刊『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書)の著者、森本あんり 国際基督教大学 学務副学長・教授に聞いた。読者が政治・経済・社会関連の本を読んでも「トランプ現象」や「ポピュリズム」について何となく残った頭の“霧”がこの本で一気に晴れる。

正しい者は神に祝福を強要する権利をもつ

 ――宗教は土着化して変容していくものであり、アメリカにおけるキリスト教も例外でないということですね。では、どのように変容したのでしょうか。

国際基督教大学 学務副学長・教授 森本 あんり 氏

 森本 アメリカはピルグリム・ファーザーズ(巡礼父祖)に代表される敬虔なプロテスタントが立ち上げた宗教国家です。しかし、その後キリスト教が完全に「土着化」した結果、特異な性格をもつようになりました。アメリカという国を最深部で動かすキリスト教の実態を理解することによって、アメリカを正しく読み解くことが可能になります。

 もともと『聖書』には神と人間の関係を「契約」の概念で理解する要素が含まれています。その中心的なモチーフはあくまでも、「片務」契約、すなわち神は人間の不服従にも拘わらず、一方的に恵みを与えてくれる存在です。ところが、ピューリタニズムがアメリカに移植され、「土着化」するにつれ、次第にその強調点が転移して「双務」契約化します。それによると、人間の義務は神に従うことであり、神の義務は人間に恵みを与えることを意味します。

 神は、正しい者には祝福を与え、悪い者には罰を与えます。因果応報、信賞必罰の論理です。すなわち、一度人間が義務をはたしたら、今度は神が義務をはたす番になるというわけです。正しい者は神に祝福を強要する権利をもつことになりました。神学的にいえばこれは、ほとんど恩恵概念の破壊です。「恵み」というものは、無償で与えられるから恵みなのであって、双方向のギブ・アンド・テイクではちっともありがたくありません。

神の祝福を受けているならば正しい者である

 この論理が順当に機能しているうちは、信仰も道徳も奨励されるので、とくに深刻な問題にはなりませんが、やがてこの論理は逆回転していくことになります。「正しい者ならば、神の祝福を受ける」から「神の祝福を受けているならば、正しい者だ」となってしまったのです。トランプはそういう価値観のなかで評価されています。アメリカにおける「富と成功」の福音を三段論法でわかり易く書くと次のようになります。

大前提: 神は、従う者には恵みを与え、背くものには罰を与える。
小前提: ところで、自分は成功し、大金持ちになり恵まれている。
結 論: だから自分を神は是認している。自分は正しいのだ。

 もちろんこれは正しい三段論法でなく、論理学の形式にもあてはまっていませんし、現実経験の実態にもあいません。神が是認せずとも現世で成功するケースはいくらでもあり得るからです。しかし、アメリカの論理では、この疑似三段論法が常識として受け入れられています。つまり、「この世の成功」と「神の祝福」がイコールで結ばれています。アメリカの歴史には、その出発点から、神との双務契約が刻印されており、アメリカの自己理解には、常にこうした単純な実利思考が働いています。

「勝ち」の説明はできるが「負け」はできない

 ――目から鱗のお話です。しかし、それではキリスト教の魂を失い、変容し過ぎというか、違和感があります。

 森本 アメリカの例がかなり特殊な例であることはたしかです。通常は国家と宗教は別もので、宗教には国家のあり方に対する批判が含まれます。しかし、アメリカ人は究極的なことをいえば、アメリカそのものを神が祝福していると考えがちです。

 では、聖書は何と言っているか、そう聞かれることもありますが、この問題は、「聖書に戻ればすべて解決がつく」とは必ずしもいえません。キリスト教はユダヤ教が出発点で、旧約聖書はユダヤ教の聖典です。そのユダヤ教では、禁欲的なところはほとんどなく、世俗的な祝福を受けることを大事にします。キリスト教もそれを受け継いでいると
考えられるからです。

 ただし、今までお話申し上げてきた、アメリカの「富と成功」の福音は明らかに「勝ち組」の論理です。この論理では、自分の勝ちを説明するには役立ちますが、「負け」を説明することはできません。21世紀に入ってアメリカ国家が相対的に沈降を始めると、彼らはどうして自分たちが負けているのかが理解できなくなります。理解というより、納得ができません。負けるということを神学的に説明する論理が欠落しているからです。

アメリカンドリームは幻想だとわかっている

 すでに、アメリ人は「アメリカンドリームはもう起こらない」ことを自覚しつつあります。「自分の子どもが自分よりいい暮らしができるかどうか」と聞かれて「できる」と答えるアメリカ人はごく少数です。アメリカンドリームはただの幻想だということがわかり始めているのです。

 しかし、そうかと言って、「地道に時給7ドルで働こう」というアクションにはつながりません。その結果、幻想を追い続けて「できるはずだ」「悪いのは自分ではない」と思っても「現実にはできていない」ことのギャップが近年のアメリカにおける貧困を背景とした「ドラッグ」「アルコール」「セックス」などによる失敗、家庭崩壊という事態を引き起こしています。

 トランプの票田になったレッド・ステイツ(共和党の強い非都会型・農業地帯の州)において、たとえば石炭産業を往年のように栄えさせることなどは、トランプだって不可能です。しかし、誰もその失敗を受け止めることができません。その結果、「やがてトランプはやってくれるだろう」といまだに待っています。すでに誰の目にも、その可能性がないことが明らかになった現在も、彼らのトランプ支持率は下がらないのです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
森本あんり(もりもと・あんり)
 1956年、神奈川県生まれ。国際基督教大学(ICU)学務副学長・教授(哲学・宗教学)。
79年国際基督教大学人文学科卒。91年プリンストン神学大学大学院博士課程修了(組織神学)。プリンストン神学大学客員教授、バークレー連合神学大学客員教授を経て、2012年より現職。著書に『アメリカ的理念の身体 寛容と良心・政教分離・信教の自由をめぐる歴史的実験の軌跡』(創文社)、『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書)、『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書)など多数。96年『ジョナサン・エドワーズ研究』でアメリカ学会清水博賞受賞。

 
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