大谷史洋氏自叙録「この道」を読み解く(3)~「人とのつながりを大事にする」
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約40年前、新しいことをやろうと設計事務所を立ち上げた(株)おおたに設計会長の大谷史洋氏。人々が生活する「場」となるマンションづくりを黎明期から支え、福岡のまちづくりに携わってきた。大谷氏の半生は、福岡のマンション、まちづくりの歴史でもある。大谷氏が著した自叙録「この道」(2016年6月1日発行)には、幼少期からのさまざまな出来事が、自身の言葉で綴られている。そこには、ビジネスや生き方のヒントも詰まっている。
年間300日以上中洲に通う
仕事をするうえで、人脈は不可欠な経営資源である。しかし、出会った人との関係を深めることができる人は意外に少ない。人間関係が深まっても強い人脈を広げることも難しい。大谷氏は、そのどちらもできた。
自序録『この道』には、実に多くの会社や人の名前が出てくる。最初に就職した高木工務店、ソープランドや貸しビルなどを経営する吉沢氏と義弟の宇佐美氏、大京観光の清水氏、大蔵屋の山端氏、ピエトロの村田氏など、人数だけでなく多彩である。仕事を通して、さまざまな場面で人と出会う。人から紹介される場合もあれば、喫茶店での出会いもある。趣味を通して出会うこともあった。
大谷氏は、こうして出会った人たちとの関係を大切にした。それが仕事にも結び付いた。デベロッパーの約7割と取引していたというから、それだけでも豊富な人脈を築いていたことをうかがい知ることができる。
経営者として事業を拡大するなか、コミュニケーションを図るために飲みに出かけるケースもある。大谷氏は、もともと酒が強いわけではないが、付き合いを厭わない。おおたに設計を設立し、関わる物件がどんどん増えると、出入りする人間も多くなる。食事をして中洲に繰り出す機会が増える。酒はあまり飲めなかったが、中洲は面白かったのだろう。「ラテンクウォーター」「白い森」「レッドシューズ」などのクラブやスナックの常連となる。
一時期は、業界内で「大谷氏に会いたければ、夜、ラテンクウォーターに行け」とまで言われていたほどで、昼間ゴルフをしても、必ず夜は中洲だったという。「年間着工件数も20物件を超え、昼は打ち合わせとゴルフ、夜は中洲という生活が続き、寝る暇もない状態だった。1年のうち300日以上は中洲に通っていただろう」と振り返っている。こうした生活を続ければ、体への負担も大きい。日本大学の空手部で体を鍛え体力に自信を持っていたとしても、体は警告を発する。
視界の右半分が真っ暗!
ある日、大谷氏は目に異常を覚える。突然、右半分が真っ黒で何も見えなくなったのだ。ビックリして大島眼科に行き、詳しく検査をしてもらった。しかし、原因がわからない。仕方なく、右半分が見えない状態で仕事を続けていたが、この上なく不便だ。打ち合わせをしていても、相手の顔は半分が真っ黒。自動車を運転する時は右45度に向いて運転したという。
視界の右半分が見えない状態であれば、不安のほうが先に立ち、いろいろな医師に診てもらうはずだ。仕事どころではない、治療をしなければと考えるのではなかろうか。ところが、大谷氏は毎晩、中洲通いを続けていたというから驚きだ。しかも、右半分が見えないという状態は、3カ月ほども続く。幸いにして、その後自然と見えなかった右半分が見えるようになったという。今も右眼の眼球の動きが悪く、遠近感が鈍いのは、そのときの後遺症だろうと大谷氏は振り返るが、何とも不思議な話だ。
しかし、7、8年程前に頭部のMRIを検査した際、医者から「過去に脳梗塞をされていますね」といわれる。身に覚えがない大谷氏は「いいえ」と返事をすると、医者は「脳梗塞の跡がありますよ」と指摘した。ハッと思い出した。右半分が真っ黒になった話をすると「それは脳梗塞だったんですよ」と教えられる。何もせずに3カ月もすると、またもと通り見えるようになったことを話すと、医者がビックリしていたそうだ。
運が良かったとしかいいようがない。酒があまり飲めなくても中洲は客をもてなし楽しませてくれる。大谷氏は豊富な人脈を築き、それが仕事にもつながった。しかし、年間300回以上もの付き合いをこなし、視界が半分見えなくなっても中洲に通い続けることは、なかなかできることではない。
分譲マンションを始め、福岡でのまちづくりを牽引する実力をもった設計士となれば、周りが放っておくはずはない。しかし、多くの人との深い関係が長く続いているのを目の当たりにすると、はやり人間的な付き合いを大事にした大谷氏の生き方や好きなことを楽しむ人柄に魅力を感じるのだと思う。
人脈づくりに腐心している人は、大谷氏のとことん人と付き合う姿勢を参考にしてみてはどうだろう。
(つづく)
【宇野 秀史】■応募概要
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