大谷史洋氏自叙録「この道」を読み解く(4)~「現場と向き合う」
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約40年前、新しいことをやろうと設計事務所を立ち上げた(株)おおたに設計会長の大谷史洋氏。人々が生活する「場」となるマンションづくりを黎明期から支え、福岡のまちづくりに携わってきた。大谷氏の半生は、福岡のマンション、まちづくりの歴史でもある。大谷氏が著した自叙録「この道」(2016年6月1日発行)には、幼少期からのさまざまな出来事が、自身の言葉で綴られている。そこには、ビジネスや生き方のヒントも詰まっている。
古い習慣にとらわれない
優れた経営者は、現場を重視する。現場にはさまざまな問題や解決のヒントがあるからだ。大谷氏も現場を重視した。それも、設計士の枠を超えて現場と向き合った。自序録『この道』には、そうしたエピソードも記されている。
ある現場でのこと。1階2階の施工階がSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート構造)だったので、鉄骨の組立てがあった。この際、アンカーボルトを打ち込み、まんじゅう(高さ調整のために置くモルタル)でレベルを出し、アンカーボルトの台直し(コンクリート面から出ている鉄筋の位置がずれている場合、鉄筋周りのコンクリートをはつり取って鉄筋をゆるやかに所定の位置に修正する)を行うのだが、大谷氏は、この現場の常識に疑問を抱く。
なぜ台直しするかを聞いてみると、「アンカーボルトを正確に入れるのが難しいから」だという。そこで、「俺が正確に入れちゃろう」と言って方法を考える。そして、柱筋にレベル(建築では、水平または水平面)を取り、捨てフープを溶接で止め、そのフープに墨出しをし、アンカーの寸法を出し、その壱に鉄筋を井桁に組む。その鉄筋にアンカーボルトを溶接した。これなら1mmも狂いはないはずだ。大谷氏が考えた通り、アンカーボルトは1本も台直しがなかった。鉄骨工も感心していた。
古い慣習にとらわれず、現場と向き合ったことが成果を生んだのだろう。大谷氏がまだ、高木工務店で働いていたころの話しだ。現場から“仮”をなくしたい
大谷氏の現場改善は、これだけではない。平成の始めころになるとバブル効果もあり、年間30棟近くの設計を手がける。CADを導入したことで、設計は対応できた。しかし、現場が職人不足で動きが悪い。しかも、現場での仕事のやり方は、20年前と変わっていない。仕事が一定量を超えると対応できなくなるのだ。仕事のやり方を根本から変えなければ、これからの時代を生きていけないのではないかと危機感を抱き、業界関係者と勉強会を始めた。設計士の大谷氏があえて関わる分野でもないが、興味を抱いたことには挑戦したくなる。現場改善となると、ゼネコンの人間などは動きづらいから、かえって設計士が動いた方が進みやすいという考えもあった。
勉強会では、躯体工事の“仮”をなくすことなどをテーマに研究を始めた。現場での無駄をなくすことで、効率化、合理化を推し進めることができる。特筆すべきは、そこからの実行力である。研究だけにとどまるのではなく、実際に建築で使用する資材まで開発し、製造ラインをつくり、施工まで行う仕組みをつくり上げてしまった。
施工方法についても、職人の仕事を15工程ほどに分解し、それぞれの工程に人を配置する方法を考える。職人でなくても施工ができる方式「横流れ方式」を考案した。
また、それぞれの工程の作業のなかで先につくることができる部分は、家具化も含めて工場での製作を模索する。そうして、無垢の建具をマレーシアで加工し、日本に輸入するようになる。大谷氏は、現地に入り日本でも通用する製品の開発に携わる。そうして出来上がった無垢の建具を自ら営業も行い納入先を増やした。
無垢の質をさらに上げるため、マレーシアに自前の工場までもった。ここでも、勉強会の横流れ方式を取り入れ、木工、塗装の職人芸を分解し、素人にできる方法を考えた。この方式は、奏功し仕事の質を上げることになる。
現場に向き合い、そこに課題を見出す。課題解決のためには業界の常識や習慣に捉われない自由な発想を持ち、果敢に行動する。イノベーションは、こうやって生まれるものなのだろう。
(つづく)
【宇野 秀史】■応募概要
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