2024年11月24日( 日 )

「新しき村」にまぼろしの家族を見ることができるのか(前)

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大さんのシニアリポート 第70回

 上梓予定の拙著『親を捨てる子 子を捨てられない親』(仮題・平凡社新書)で、最も困難を極めたのが、「崩壊した家族の再生」だった。その実現の活路を、桜井政成(立命館大学政策科学部教授)の唱える「かつての日本には、地縁・血縁の助け合いなど、ほとんど存在していなかった。あったのは今と同じく、NPO、ボランティアグループ、互助組織といった集団的な『生存戦略』なのである。こうした歴史的経緯から現在の『無縁社会』を乗り切る方策を考える意義は大いにあるだろう」(ネット/考えるイヌ~桜井政成研究室~)に求めた。 

 正直、「家族の再生」の具現化に苦慮していた。拙著『団地が死んでいく』(平凡社新書)のときも同じだ。老朽化した団地に孤独死の影が忍び寄ることを立証した作品である。「孤独死を防ぐ具体的な方法」を提言することにも苦慮した。「喪失しそうな家族を再生する」のは簡単ではない。私はそれをシェアハウスに求めた。 

 しかし、シェアハウスは大半が若い人たちの世界で、高齢者同士(若い人を含んでもいい)がシェアする事例はほとんど存在しない。朝日新聞(平成26年2月4日夕刊)に、横浜にあった「乙女ハウス」というシェアハウスの記事を見つけた。20代から50代の女性5人が暮らしたシェアハウスだったが今は存在していない。現在、「介護度の高い高齢者は施設へ入所するもの」という常識がまかり通る。大半の家族もそれを望んでいる。高齢者同士の自主運営によるコーポラティブハウスは難しい。そんなとき、興味深い新聞記事を目にした。 

 「『人間らしく』貫いた100年」(朝日新聞 平成30年8月26日)である。姜尚中(政治学者、熊本県立劇場館長)さんが、白樺派の作家、武者小路実篤が理想郷として開いた「新しき村」(埼玉県入間郡毛呂山町)を訪ねた探訪記である。「新しき村」は大正7年、宮崎県木城町の山奥に開かれた。その後、ダム湖の建設用地となり、本拠を埼玉に移した。今年で100年を迎える。宮崎には現在も2世帯3人が暮らしている。村の基本ルールは、仕事の分担、相互協力、平等、人間らしい生き方を模索すること。ここに桜井が唱える「相互組織といった集団的な『生存戦略』」があるのでは、と期待した。実は『マップル県別情報版 埼玉県(‘96年版)』(昭文社)に、「健在なり、新しき村」と題して、私がルポルタージュ記事を掲載していた。それと姜の探訪記を合わせて「新しき家族(家族再生)」を模索してみたい。 

 埼玉県毛呂山町の「新しき村」は、昭和14年に開村した。東武東上線武州長瀬駅から徒歩20分。水田に取り囲まれた小高い森に「新しき村」がある。そこがまるで砦のように感じられるのは、水田間際までびっしりと建てられた戸建住宅の屋根の派手な色のためだ。「現実と理想」がせめぎ合っている。 

 実篤が「新しき村」の開村を決意させたのは、トルストイの『我等は何をすべき乎』(岩波書店)に強く影響されたからだ。「労働していない者は人間失格」という考え方である。「皆が協力して共産的(あとで協力主義と言い換える)に生活し、各自の天職を全うしよう。兄弟のように互いを助け合い、自己を完成するようにつとめようというのだ」。 

 門柱が2本。そこに「この門に入るものは自己と他人の生命を尊重しなくてはならない」「この道より我を生かす道なしこの道を行く」の文字。「全人類同胞」の思想を実篤がデザインした「村旗」がひるがえる。収入は主に米、鶏卵(養鶏)である。ほかに野菜類、椎茸、梅。「泰山窯」でつくられた生活雑器も販売する。村内には、「公会堂」という名前の食堂、理髪店、「大愛堂」(納骨堂、毎年4月に「花の会」という合同慰霊祭を行う)。「泰山堂」(会議場)、「生活館」(村民の作品展示場)、「長杉荘」(アトリエ、月1回、東京からヌードモデルを呼びデッサン会開催)、「新しき村美術館」(実篤の絵、書、写真のほか、月刊誌『新しき村』、実篤の蔵書など展示)、「新しき村幼稚園跡」(昭和43年から59年まで開園)にある朽ち果てた都電。製パン工場や蚕室もあった。最盛期には60人を超す人が労働に従事し、寝食をともにしていた。 

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

(69・後)
(70・後)

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