2024年12月23日( 月 )

新冷戦・米中覇権争い 文明論から見た米中対決(4)

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福岡大学 名誉教授 大嶋 仁 氏

アメリカの正直な体現者

 現代世界においてメディア戦略が重要なことは誰もが知っている。通常の方法とは違うやり方でメディア戦略を成功させたのは、ほかならぬアメリカの大統領トランプである。彼が選挙に勝った最大の要因は、彼の発信した(現在もしている)ツイッターではなかろうか。

 彼の狙いがどこにあったのかはわからないが、おそらくツイッターのもつ個人的な雰囲気が功を奏したのだろう。メディア一般は「匿名性=公共性」をその基礎としているが、トランプはその逆に出て、ツイッターという個人的な雰囲気の漂う戦略を用いたのだ。彼を批判する人の多くが、彼の政治方針よりも彼の個人的な風貌を気にしているというのも、彼がたいていの発言をツイッターでしているからだ。「ツイット」とはもともと「やじる」という意味である。

 この文章を書いている今、私は韓国の釜山の郊外にいるのだが、そこでトランプ・ワールドなる高層ビルと出くわした。そのとき私は当地で知り合ったあるアメリカの大学の先生と一緒だったのだが、その人はこのビルを見るやいなや憤慨した。トランプのあからさまなやり方を「醜い」と言ったのである。「だいたい、自分の名前をビルディングにつけることからして、下品ではないですか!」と。

 しかしながら、もし彼が自分の名前を見せず、匿名のかたちでたくさんの不動産を世界のあちこちにもっているとしたら、どうだろう。そちらのほうが、よほど恐ろしいのではないだろうか。彼の人気の秘密は、そのあからさまさ、「下品」さにあるに違いない。私にすれば、インテリ面をして欺瞞的な教説を並べる政治屋よりは、ずっとマシなのである。臆することなく、何のてらいもなく、世界中に自己を発信する。これがトランプ流だ。

 国王も貴族もいない「民主国」のアメリカには、価値基準として金持ちか否かしかないであろう。そういう国の王様は、どうあっても親しみやすく、金持ちでなければなるまい。聞いたような、ごもっともな、ご立派な政治演説のかわりに、具体的で銭が儲かる話しかしない人間。それがトランプである。ある意味、アメリカという国の正直な体現者。だからこそ、アメリカの知的層は認めたくないのだ。彼らにとって、トランプはそのままアメリカの「恥部」なのである。

 彼のやり方は、明らかにアメリカの政治エリートたちとは異なる。何が異なるかといえば、なにより商業ベースの考え方であり、商売とは交渉だと心得ているところである。メディア戦略も、その線に沿って進められる。武力も、交渉を促進するためにちらつかせる道具に過ぎない。

 このやり方は、意外なほど本当の戦争を起こしにくい。交渉は相手との対話を必要とするからだ。この点は、習近平が奇しくも見抜いている。「トランプ氏は商いの人、商いの道は平和に通じる」と言ったことがある。

 米中がいかに経済戦争を展開しても、忘れてはならないのは、そこに常に対話のスペースがあることだ。軍事的行動に出るということは、このスペースを消し去ることを意味する。この違いはしっかり見ておきたい。対話とは人類がもつ最大の武器である言語を駆使することだ。対立が破壊に至らないために考え出された人類の知恵である。なにもトランプをもち上げるつもりはないが、南北朝鮮を対話に導く手助けをしたのも彼である。彼の商売人気質がそれをさせたのだ。

(つづく)
【大嶋 仁】

<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)

1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

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