新冷戦・米中覇権争い 文明論から見た米中対決(5)
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福岡大学 名誉教授 大嶋 仁 氏
情報管理という伝統
メディア戦略に話を戻すと、アメリカが国防のために情報管理を徹底させていることは、元CIAのスノーデンの暴露によって明らかになった。一方、中国はというと、現代のスマートフォン文化が浸透することで、情報管理を徹底させることができるようになっている。中国では料理店での注文にもスマートフォンを使い、支払いもそれで済ます。国民は「便利になった、私たちは文明人である」と満足感をあらわにしているが、これで一番満足するのは中国政府である。
なんとなれば、中国ではGoogleの使用ができないようになっている。中国式システムを、中国にいるすべての人間が利用せざるを得ない。そうなると、中国にいる限り、すべての人の情報が中国政府の管理下に置かれることになる。政府にとって、これほど都合の良いことはない。
こうした中国のやり方を、「人権侵害」とか「言論・思想の自由の侵害」とかいうことはやさしい。しかし、中国に住んでいない私たちを取り囲むメディア環境が、一体どこまで人権と自由を保障しているのだろうか。いっそのこと、中国のように国がすべて管理してくれれば、私たちは日々しこしこと働き、簡単な食事と衣服で満足し、大きな不安もなく生きていけるのではないだろうかとも言いたくなる。
多くの中国人は現状が自由からほど遠いと知りつつ、日々働き、少しでも良い生活ができればと思い、政治的問題に頭を悩まさない道を選んでいる。それはそれで、伝統なのである。権力による徹底的な情報管理があれば、「鼓腹撃壌」(腹つづみを打って平和を楽しむこと)が実現するのである。政治は「君子」に任せておけばよいではないか。
自己修正能力の欠如
前述の通り、アメリカは科学の発達と啓蒙主義をもつことで優位に立っている。これを言い換えれば、社会が自己修正装置をもっているということだ。アメリカ社会は、どのような方向に向かうにせよ、自己を修正するシステムを搭載しているのである。
アメリカの権力機構が、一見民主的な基礎に立っているように見えて、実は巧みにイデオロギー操作をしていることは間違いのないところだ。国家予算と直結する軍事産業など、ほとんどの国民が知らないところで動いており、不透明部分はかなりに多い。しかしながら、そうであっても、世論形成に貢献するメディアが存在する一方で、それに逆らうメディアも今のところ健在である。意見の多様性は、アメリカ政府が自慢するほどではないにせよ、原則上は守られている。
もちろん、アメリカの大学で共産主義を教える教授がいれば、解雇される可能性は高い。無言のうちに、アメリカ人は「反共」なのである。彼らのいわゆる「社会常識」が、多様であるはずの国を驚くほど画一化している。そうであってもなお、アメリカの政治システムは「自由という神話」に縛られており、その縛りの効力はゼロではないのだ。
その点では、中国のほうがもっと危うく見える。中国がここまで急速に経済発展できたのは、上層部の決定に誰もが疑いをはさめない強固なシステムがあるからであって、裏を返せば、自己修正能力の欠如を意味するのである。プロ野球では試合の途中で自己修正できるピッチャーを評価するが、人間、誤りはあっても、自己修正できるなら己れを救える。今のところ、中国にはその自己修正能力が乏しい、というより、その能力をかぎりなく抑制している。行く先が心配になる所以である。
中国自身が自らを修正することができないならば、外国、とくにアメリカの圧力が修正を迫るしかない状況が生まれる。そうなると、中国は経済力で周辺諸国を手なずけ、それでアメリカに対抗するしかないのだが、これは大変苦しいやり方で、長くは続かないだろう。
日本の過去を見てもわかるのだが、社会システムが自己修正能力をもたないとき、ひとたび躓いたら一気に崩れる可能性がある。それが予感されると、システムは自己保存のために歴史の流れに逆らってまで内部への抑圧を高め、自爆する可能性が出てくる。そのようなことが中国に起こらないとも限らない。
そんなことは中国上層部もわかっているだろうが、「今の体制を変えるわけにはいかない、どうにも仕方がない状況にある」と思っているのであろう。彼らのなかには、そうした危惧から、現体制を崩したいと考えている者もあるだろうが、首脳部はそうした輩の排除には余念がない。そういうわけで、中国政府には気の毒だが、私は中国の将来に悲観的である。
(つづく)
【大嶋 仁】<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)
1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。関連記事
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