2024年12月23日( 月 )

新冷戦・米中覇権争い 文明論から見た米中対決(6)

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福岡大学 名誉教授 大嶋 仁 氏

道教思想という強み

 このように見てくると、アメリカの地位はますます揺らぎのないもののように見え、一方の中国は覇権主義から後退せざるを得ないように思われてくる。では、そういう中国に、はたして未来はないのだろうか。言い換えれば、中国にはアメリカにない強みはないのか。私の考えでは、ある。道教的発想がそれである。中国の最大な強みは、その思想的伝統にあるのだ。

 多くの人が中国は儒教を生み、それが国民の道徳を規定してきたと思っている。しかし、実際に国民の心を支えてきたのは道教だ。すなわち、中国には儒教という外面的道徳があり、それが政治の理念につながる一方で、人々の内面は道教が支えている。この二面性があるところに、アメリカにはない強みがあるのだ。言い換えれば、アメリカの弱みはイデオロギーが一枚岩的であることだ。中国は、儒教でうまくいかなければ道教という奥の手をもつのに、アメリカにはそれがない。

 残念なのは、現在の中国上層部が道教思想の伝統をすっかり忘れていることである。中国の政治家が道教的伝統に目覚めることがあるならば、覇権争いなどをするかわりに、アメリカの政治家を老子的に揶揄することも容易にできるはずなのだ。

 道教思想を代表するのは老子である。出来上がった価値観をひっくり返し、人間をより自然な状態に戻すことを目指した彼の思想は、深く中国人に浸透している。そのことがあるため、中国人は何が起こっても生きていけるのだ。つまり、老子の思想が中国の救いである。

 なのに、「現代化」によって欲望に目覚め、その欲望の拡大を維持すべく権力機構を強め、経済の発展に猛進するのが現代中国である。日本も経験した近代化のもたらす悲劇の前兆がそこにある。道教の世界観に目覚めない限り、この悲劇は避けられない。

 むろん、道教は本質的にアナーキー(=無政府主義的)なので、国家権力にとっては受け入れがたい。それゆえ、人々の思考からこれを遠ざけようとする工夫が中国では国家的になされている。しかしながら、紀元前から道教を知る中国人がそうした政府のやり方に簡単に動かされるとはどうみても思えない。中国の強みは、その政府にはなく、民にある。

課題は「中華思想」からの脱却

 ところで、中国の問題は日本の問題である。日本は近代西欧文明の受容を通じて自己変革し、その結果、西欧との対決を決意し、帝国主義戦争に突入し、それに敗北した。これを言い換えれば、自らの伝統を否定することで西欧化した結果、自己内部の矛盾を拡大し、それを解消すべく、戦争行為に至ったということである。戦争とは、その場合、自己の現実の否定であり、他者の抹消とともに自己をも葬り去ることであった。他殺と自殺を集団的に行おうとしたのである。

 このような経験をした日本であればこそ、中国で何が起こっているのか、少しはわかる。すなわち、中国政府は明治政府がそうであったように、欧米に自尊心を傷つけられている。そして、その屈辱感を払しょくするために、なんとしてでも欧米の上に立たねばならないと信じ、必死に頑張っているのだ。もちろんそれは現代中国の力の源泉なのだが、その行く先は決して明るくない。そういうもがきは、結局のところ、破局を招く。日本近代の歴史を振り返れば、わかるではないか。

 中華思想の浸透する国では、どうあっても自らが「中華」であることを世界に示さねばならない。ところが、この感情こそが命取りとなるのである。私に中国への提言があるとすれば、それである。「中華思想」はがん細胞なのだ。これを除去することができれば、中国は長く生き延びることができるのである。そして、道教の伝統を自らのうちに生かすこと。そうすれば、中国は周辺をも明るくし、欧米にも歯止めをかける力をもつことができよう。

 中国が共産主義革命を実現したとき、それは世界に希望をもたらした。なぜなら、毛沢東はマルクス主義と中国伝来の農民思想に溶け込んだ道教思想を融合させたからだ。ところが、同じ毛沢東はひとたび権力者になると、自らの思想的立場を葬り去った。文化大革命と呼ばれるものがそれで、そこから中国はおかしくなり始めたのである。途中、鄧小平が登場し、ある程度の自己修正ができたが、これも長くは続かなかった。政治体制の固定化によって、権力が極端に1カ所に集中する傾向はますます強くなり、現在に至っている。

 中国は広大な国で、そこには多種多様の人間がいる。この多様性こそは中国の財産なのである。なのに、それを否定するような民心管理の政治を続ければ、自らの長所がなくなってしまう。人は「中国をまとめるには強力な権力機構が必要だ」というが、これからの中国はもう一段階上のシステムを考え出さねばならない。それにたどり着けるかどうかが、この国の明暗を分ける。

(了)
【大嶋 仁】

<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)

1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

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