沈香する夜~葬儀社・夜間専属員の告白(2)
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その夜、私が勤務する葬儀場は閑散としていた。御遺体の安置も通夜も葬儀もなく、1人で冬の長い夜を過ごしていた。そのような夜でも、葬儀場内の掃除や機具のメンテナンス、深夜に亡くなられる方の迎え入れの準備など雑務にはことかかない。
深夜、午前0時を回ったころ、別の葬儀場から応援要請の電話がかかってきた。各所で御不幸が続いた為、御遺体を搬送する社員が足りず、私に搬送に行ってくれという内容であった。
そのような場合、FAXで御遺体の所在地(通常は病院の場合が多い)、死因と搬送先が指示書として送られてくる。
御遺体の所在地と死因は、私たちのような搬送者や、迎え入れ施設の社員にとって大切な情報となる。死因と亡くなった場所から御遺体の状態を想像し、感染からご遺体と御遺族、周囲の人を守らなければならないからだ。
院内で死亡した場合、通常1時間程かけて、病院が安全を保つ為の処置を行う。御自宅の場合は不審死でもないかぎり、かかりつけの医者が死亡診断を行い、自宅安置または、その日のうちに葬儀場へ御遺体を搬送する。感染症で死亡した方の場合は、ウイルスの感染を抑えるために搬送には細心の注意を払わなければならない。
しかしながら、御遺族にとっては“死体”ではなく“御遺体”である。私たちは御遺族に不快な思いを感じさせないように粛々かつ平静に御遺体を搬送するように努めている。
人間は亡くなった瞬間から、急速に腐敗へと向かっていく。しかし、それを認識していない人が意外にも多いとつい最近知った。ロマンティックな御遺体へのキス行為などはもってのほかである。 かくいう私は、父が急性期病院に長く勤めていたこともあり、普通の人より人が亡くなる現場や御遺体に慣れているのかもしれない。
さて前置きが長くなったが、その日私が受け取った指示書には、御遺体の所在地は「自宅」、死因には「自殺」とだけ書かれてあった。
以前、元検死官が書いた著書に「殺人事件の遺体で、加害者が故人の近親者の場合、顔を何らかの物で覆っていることが多い」と書いていたのを読んだこともあり、御遺体をお迎えにあがる時、御遺体に対する御遺族の様相から、私はさまざまな推察をしてしまうようになった。
搬送要請の一報を受けた私はすぐに準備を整え、御遺体が眠る自宅へと向かった。当然、検死はすでに終わっており、その御遺体は、布団の上に横たわっていた。しかし私には布団に横たわる御遺体の様子が異様に見えてならなかった。死因が自殺と知っていたから、そのように思ったのかどうかはわからないが、とにかく異様にみえたのである。
若い世代の死因にしめる自殺者の割合は日本が先進国のなかで1位である。「自殺対策基本法」まで施行され、一時より絶対数は減ったようだが、それでも1位の座は変わらない。従って自殺が原因の葬儀は多く、自殺した御遺体をみるのは特別なことではない。
異様な様相というのは、御遺体に掛布団が何重にも重ねられ、顔にもタオルが山ほど掛けてあったからだ。無造作ではなく、丁寧だったが、まるで、御遺体を布団という土の奥深くに埋めるように重ねてあった。
御遺族にとって親族の自死というのは受け入れ難い事実なのだろう。検死が終わり警察官も帰り、私たちがお迎えに来るわずかな間、目の前の受け入れ難い事実を、土のない都会の中、土中に埋めるが如く、十分過ぎる布団とタオルで埋めてしまいたかったのかもしれない。
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