2024年11月30日( 土 )

台湾に「反日政権」が誕生する日/来年の総統選挙をめぐる危険な予感~習近平の台湾戦略を警戒せよ

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 「台湾は親日国家だ」と安穏と構えていると、とんでもない事態が出現するかもしれない。来年1月、台湾の総統選挙が行われる。候補者は今年夏までに決まる。昨年の統一地方選挙では、中国寄りの国民党が勝利した。自立志向の政権与党・民進党は窮地に立っている。勝つのはどっちだ!? 台湾の政治情勢は不安定だと自戒しておいたほうがいい。

 先々週まで約40日間、台湾に滞在した。台北―台中―台南―澎湖島―恒春と、台湾西海岸を縦断した。特に台南は何度も訪問している。民進党の拠点だ。旧知の同党活動家にインタビューした。

 民進党は大丈夫ですか? 「候補者次第です」。次の総統選挙は? 「今の蔡英文さんではダメです」。前の台南市長(頼清徳)はどうですか? 「彼は統治意欲がありません」という具合に、民進党員は元気がないのである。若者の街・正興街のリノベホテルは休業状態になっていた。若者広場だった場所は駐車場になるなど、変化が目まぐるしい。

 台北では日本人記者に聞いた。「なかなか予測は難しいですね。高雄の市長が今、注目されていますが…」。ああ、あの“韓流”市長ですね。台南と並ぶ民進党の地盤で、地方戦で国民党候補の韓国瑜氏が圧勝した。一躍、国民党の総統候補にも擬せられるなど、「台風の目」になったのである。

 ところが、台湾の有権者の動向は、猫の目のように激しく揺れ動く。
今月15日に行われた立法議員(国会議員)補欠選挙では、民進党が改選前の2議席を確保し、党勢の低迷に歯止めをかけた。国民党は改選前より一議席を減らした。人気者の高雄市長が応援に入ったが、空振りに終わった。同氏人気の限界を指摘する声も出始めた。

 台湾の総統選挙は、国民投票による一発勝負である。

 民主化以降、1996年から「総統民選」の直接が始まり、李登輝(国民)、陳水扁2期(民進)、馬英九2期(国民)、蔡英文(民進)と続いてきた。李登輝氏は間接選挙時代から数えると2期務めている。蔡英文氏も2期目を狙いたいところだが、最近の世論調査では、敗色が濃い。今のままでは、彼女は最終的に立候補を辞退する、と私は見る。

 代わりの候補は誰か。頼清徳氏(1959年生まれ、医者出身)だ。前台南市長(2期)としての実績があり、蔡政権では不人気の総裁を支えて、行政院長(首相に相当)に引っ張り出された。

 頼氏には台南市長時代にインタビューしたことがある。スマートな政治家だが、台湾人意識が強烈だ。市長時代、台南市内の学校にある蒋介石の銅像を撤去すると宣言し、ほぼ実現した。「台湾が独立主権国家であるという台湾の人々の主張を中国は尊重すべき」と述べている。熊本地震の際には、支援のため1カ月分の給与を寄付する意向を表明するなど、親日的である。

 一方、国民党の有力候補が、前新北市長の朱立倫(1961年生まれ)だ。新北市は台湾の首都・台北に隣接した台湾第2の巨大都市である。朱は台湾生まれだが、父親は国民党軍将校の「外省人」家庭である。前回の総統選挙で蔡英文に惨敗したものの、根強い党内人気がある。日本統治時代について「悲惨な歴史であり、台湾人が日本人の統治に感謝することは絶対にない」と述べた。早々と立候補宣言して、地歩を固めている。

 この他の有力候補として、台北市長として2期目を迎え人気の高い柯文哲氏(1959年生まれ)がいるが、無所属であるのが総裁候補としては泣き所だ。昨年の高雄市長選挙でブームを巻き起こした韓国瑜氏は総統選への意欲を語っておらず、立候補は時期尚早と判断していると見られる。

 任期4年の正副総統選挙は、来年1月である。各政党は今年6月ごろまでに総統候補者を確定するというスケジュールだ。台湾の世論調査機関は様々な組み合わせで、選挙戦を展望している。
昨年12月時点での支持率動向は以下の通りだ。朱立倫の「善戦」が目立つ。

 蔡英文41・4%―朱立倫53・6%
 頼清徳41・0%―朱立倫43・8%

 過去の総統選挙と前年に行われた統一地方選挙の結果を比較すると、共通した傾向がある。統一地方選挙で総得票数が上回っていた政党が、次の総統選挙で勝利するケースがほとんどなのだ。5回中、4回を占めている。例外は2012年の総統選挙の時だけである。地方選結果が接戦だったのだ。

 昨年の統一地方選挙で、国民党の総得票数は約610万票であり、民進党は約490万票だった。つまり、民進党の政権維持は、きわめて厳しい状況なのである。

 中国の習近平国家主席は今年1月2日、台湾政策に関する重要演説をした。台湾側に経済協力の「アメ」を示しつつ、統一に向けて「武力使用は放棄しない」と明言した。そして米国を念頭に「外部勢力による干渉」をけん制した。習演説の第一歩が試されるのが、来年の総統選挙である。

 こういうことを知ってか知らずか、日本国内では「台湾=親日国家」の思い込みがまかり通る。それでいいのか。日本人の台湾認識が問われる選挙戦にもなるだろう。

<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)

1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短大教授(マスメディア、現代韓国論)を歴任。現在、著述業(コリア、台湾、近現代日本史、映画など)。最新作は「忘却の引揚げ史〜泉靖一と二日市保養所」(弦書房、2017)。

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