【書評】有森隆著『日産独裁経営と権力抗争の末路』 川又、塩路、石原、ゴーンと続く独裁者の系譜を綴る
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日産自動車と三菱自動車、仏ルノーの3社は“脱ゴーン”で足並みをそろえた。経営権をめぐる対決はひとまず休戦。秋に始まるとされるカルロス・ゴーン被告の裁判に焦点が移る。
カルロス・ゴーンは役員の人事権と報酬権を握る
日産自動車のカルロス・ゴーン前会長の保釈に合わせたタイミングで、有森隆著『日産独裁経営と権力抗争の末路 ゴーン・石原・川又・塩路の汚れた系譜』(さくら舎、税別価格1,600円)が刊行された。
帝王、皇帝、暴君、独裁者、ワンマン、カリスマ――。猛禽類のような鋭い目をしたカルロス・ゴーンには、こんな異名がつきまとう。著者は「あとがき」でこう書く。
〈ゴーン事件で最も驚いたことは、カルロス・ゴーンが日産のCEOでもないのに「西川社長以下執行役員53人全員の人事権と報酬権を握っていた」ということだ。〉
日産ほどのグローバル企業に、社外取締役が役員の選任と報酬を決める「指名委員会」と「報酬委員会」がなく、ゴーンが事実上、1人で役員の選任と報酬額を決めていた。
西川廣人社長兼最高経営責任者(CEO)に人事権と報酬権はなかったのだ。経営トップに人事権も報酬権もない。こんな会社があるとは、著者ならずとも驚きだ。
人事とカネ。これを握ったことがゴーンの独裁権力の源泉だった。
ゴーンの権力の源泉は統括会社にあり
著者は、オランダにある統括会社が、ゴーン権力の源泉と見ている。日産とルノーは、アライアンス(戦略的提携)を締結した。両社は「利益ある成長と共通利益の追及」という共通理念を掲げた。アライアンスを決定するため、折半出資で統括会社「ルノー・日産BV」を設立した。
〈日産は自らの経営戦略を統括会社に諮らなければならない仕組みになっていて、ルノーの承認なしにはトップ人事を含め、重要な経営判断はできない。将来、日産がルノーから離反しようにも、それを封殺できるシステムが、ゴーンの手で完成していたのだ。
ルノー・日産BVは、ルノーによる日産の支配をより強固にするためにつくられた、ルノーによるルノーのための戦略的な組織なのである。〉ゴーンが日産のCEOでもないのに、西川廣人社長以下執行役員53人全員の人事権と報酬権を握っていた。三菱自動車との統括会社は「日産・三菱BV」。ゴーンが統括会社のトップとして、両社の人事権と報酬権を采配していたのである。
独裁者を生む日産の企業風土
ゴーンに権力が集中し、暴走を許したものは何か。著者は、日産の企業風土をあげる。
〈圧倒的なパワーをもつ権力者があらわれると、ひれ伏してしまうのが日産の社風である。長い物には巻かれろ。権力、権限をもつ者、強い者に逆らっても得にならない。言うなりになるしかない。権力に従順になる社員のDNA(遺伝子)が独裁者を生みやすい土壌となっている。〉
日産には、ゴーン以前に、3人の独裁者がいた。9代社長の川又克二、11代社長の石原俊、自動車総連会長の塩路一郎である。塩路は人事権を握り、日産の独裁者として君臨した。日産社内では、労組(=塩路)の同意がなければ、人事や経営方針が決められないほどの影響を行使し「塩路天皇」と呼ばれた。
塩路は役員人事にも介入した。塩路が首を縦に振らなければ役員になれなかった。役員人事の季節になると、ご機嫌うかがいに塩路のもとを訪れる候補者が後を絶たなかった。銀座のクラブで、日産の労務担当重役が直立不動で塩路を出迎えたという話もある。
日産は独裁者でなければ統治できない。川又、塩路、石原、ゴーンが、それを証明している。そして、独裁者を倒すにはクーデターしかないことも。ゴーン解任は、西川廣人社長ら「ゴーン・チルドレン」によるクーデターにほかならなかった。
著者は、日産には新しい独裁者が生まれるだろうと予測している。
ゴーン裁判で、日産とルノーの決戦が火を噴く
それでは、日産はどうなるのか。日産自動車は4月8日、臨時株主総会を開催し、取締役カルロス・ゴーンと取締役グレッグ・ケリーの解任、ルノー会長のジャンドミニク・スナールの取締役選任を決議する。
スナールは19年1月、ゴーンの後任としてルノーの新会長に就任した。タイヤ大手ミシュランの社長時代には、多数のリストラや工場閉鎖を敢行し、“コストカッター・ゴーン”以上の手ごわい経営者と評されている。
ルノーの筆頭株主であるフランス政府のマクロン大統領が、その経営手腕を買って、ルノーのトップに送り込んだ。日産の反乱でゴーンが頓挫した日産との経営統合を成し遂げることが使命。19年1月には仏政府団が訪日し、持株会社方式による経営統合構想を日本に伝えている。スナールは日産、三菱自との交渉を担う。
スナールは日産との全面対決を避けた。ゴーンの権力の源泉となっていたオランダの統括会社「ルノー・日産BV」と「日産・三菱BV」を廃止、3社の首脳の合議で運営する新組織を立ち上げる。
当初、ルノーは日産会長の椅子を死守する構えを見せていたが、スナールは「会長は求めない」と要求を取り下げた。日産はゴーンの後任会長を置かず、空席とする。
日産は企業統治体制を見直し、6月の定時株主総会で、経団連前会長の榊原定征・東レ特別顧問が社外取締役に就いたうえで取締役会議長を務める方向で検討している。
日産とルノーが休戦協定を結んだことで、定時株主総会では西川廣人社長兼CEOは続投の方向だ。
ゴーンの刑事裁判は9月にも東京地裁で開かれる見通し。ゴーン弁護側は、西川社長の証人尋問を求める。ゴーンが起訴された役員報酬記載事件で、西川社長が報酬の支払いにサインしたことを追及する。西川は無傷で済まない。西川社長の経営責任に発展すれば、統合をめぐる日産とルノーの決戦が、再び火を噴くのは確実だ。
【経済評論家・秋月太郎】
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