2024年07月16日( 火 )

武漢コロナウイルスの周辺(前)

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 日本ビジネスインテリジェンス協会より、ジャーナリストの田中宇氏による新型コロナウイルスについての解説記事が提供された。NetIBNewsでは同記事を3回にわたり掲載する。

 昨年末以降、中国・武漢から世界に広がっている新型コロナウイルスの感染の発生原因を考える際、最も重要な存在は、武漢にある中国科学院傘下の武漢ウイルス研究所(武漢病毒研究所)である。

 この研究所は、02年末に広東省から発生したSARSの感染経路について研究していた。武漢ウイルス研は、中国のSARS研究の中心地だ(北京のウイルス研から中心地が移ってきた)。SARSもコロナウイルスであり、今回のウイルスとかなり似ている。

 武漢研は、SARSのウイルスがコウモリからハクビシン(野生猫)を経由して変異しつつヒトに感染したことを突き止めた。ハクビシンとヒトのSARSウイルスはほとんど同じもの(ゲノムの配列が10ヌクレオチドの違い)であり、コウモリが独特の免疫システムによって多数のウイルスを体内に保有し続けていることを加味すると、SARSの発生経路はコウモリから野生のハクビシンに移り、広東省内の野生動物食肉市場に入荷した生きたハクビシンから売り子や買い物客に感染したと考えられる。

(参考:Mining coronavirus genomes for clues to the outbreak's origins)
(参考:Wuhan Institute of Virology Wikipedia)

 武漢研の研究者たちがbioRxivで発表した調査によると、ヒトが感染した新型ウイルスのゲノムの配列は、コウモリが持つ同種のウイルスの配列と96・2%の割合で同一で、ヒトのSARSウイルスとも79・5%の割合で一致している。別の研究者Trevor Bedfordによると、今回のヒトの新型ウイルスと、最も近いコウモリのコロナウイルスRaTG13との配列の違いは1100ヌクレオチドとなっている。

(参考:Discovery of a novel coronavirus associated with the recent pneumonia outbreak in humans and its potential bat origin)

 SARSのほか、2012年にサウジアラビアから発生したMERS(中東呼吸器症候群)も、コウモリからラクダに感染し、発症したラクダを看病した人などのヒトに感染したとされている。

 SARS、MERSと今回の新型ウイルスは、いずれもコロナウイルスだ。1976年から10回以上アフリカで発生しているエボラ出血熱のウイルスも、コロナと別のウイルスだが、コウモリからサルなど野生の哺乳類を経てヒトに感染したとされる。

 おそらく今回の新型ウイルスも、華南のどこかに生息するコウモリから他の哺乳類に感染し、そこからヒトに変異しつつ感染したと推測できる。武漢市の野生動物食肉市場で売られていた生きた野生動物からヒトに移ったのでないかと中国当局は言っている(原因はヘビだという説も流れたが、哺乳類であるコウモリから爬虫類であるヘビを経由して、再び哺乳類であるヒトに感染したとは思えない)。

(参考:Ebola virus disease - Wikipedia)
(参考:Snakes could be the source of the Wuhan coronavirus outbreak)

 コウモリは、飛行する唯一の哺乳類だ。飛行には多大なエネルギーが必要で、飛行可能になるための進化の過程で免疫システムが独特なものになっている。他の哺乳類だと発症してしまうウイルスが、コウモリの体内では消滅も発症もしない共存状態で維持され、その結果、コウモリはヒトなど他の哺乳類にとって危険なウイルスを無数にもっている。コウモリがもっている危険なウイルスのほとんど(狂犬病以外)はヒトに直接に感染せず、コウモリより大きな哺乳類を経て変異を重ねてからヒトに感染する。

 SARSの場合、コウモリからハクビシンを経てヒトの感染に至るまで25-60年かかっていると推測されている。

(参考:Bats, the source of so many viruses, could be the origin of Wuhan coronavirus, say experts)
(参考:Bat-borne virus - Wikipedia)

(つづく)

(中)

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