新型コロナウイルスの蔓延と米中貿易「第一段階」合意の行方(4)
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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏
新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、米中両国は1月15日、包括的な貿易協定の第一段階と双方が位置付ける合意に署名した。合意文書には、中国の企業および政府機関による米国の技術と企業機密の窃取に対し中国側が取り締まりを強化するとの公約や、対米貿易黒字の縮小に向けた中国による追加購入計画の概要などが盛り込まれている。真の対立点である技術覇権争いは先送りとなったかたちだ。
米中覇権争いの今後
見逃せないのは、中国は「アメリカが関税を削減、撤廃することがアメリカからの輸入を拡大する条件」と主張している点だ。
実は、19年大阪でのG20サミットの折にトランプ大統領は習主席に「貿易交渉の再開のために追加の関税はかけない」と約束した。その約束を一方的に反故にしたのがトランプ大統領であった。まさに「煮え湯を飲まされた」との思いが中国側には強い。一方、約束を破ったにもかかわらず、トランプ大統領は「関税を撤廃するのは中国がアメリカ産品を約束通り購入した後の話だ」と突き放している。事程左様に、両者の溝は実に深い。
また、今回の合意では「アメリカ企業、中でも金融機関が中国市場でこれまで以上にアクセスできるようになる」ことが高らかにうたわれている。中国で設立あるいは投資する企業の51%までの株式を所有できるというのである。このことをトランプ大統領は誇らしげに「これを実現できたのは自分が交渉したからだ」と豪語している。
実は、これもトランプ流の「誇大広告」にすぎない。なぜなら、この51%条項は18年にすでに中国が国内法を改正して実施されているからだ。ヨーロッパの銀行もアメリカのゴールドマンサックスも中国で51%条項を活用している。その意味では、トランプ大統領は事実を無視した勝手な思い込み発言を繰り返しているとしか言いようがない。
次に「為替操作」についてはどうだろうか?今回、アメリカは中国を為替操作国リストから除外すると発表した。とはいえ、監視対象国からは外していない。もし中国が為替を操作し、自国の通貨を意図的に対ドルで元安に誘導すれば、アメリカの関税の影響を簡単に相殺できてしまう。しかし、中国はそうした為替操作を行わず、逆に国際金融市場で元を買い支え、対ドル交換レートの安定に努めてきたという事実がある。この点でも、トランプ大統領の認識は現実と大いに乖離している。
では、「技術移転」問題はどうだろうか?トランプ大統領によれば、「中国は自国に進出する外国企業に対して技術移転を強要している」とのこと。そこで、今回の合意によって、そうしたことは行われなくなるという。もし、そうした強要が判明した場合には、中国政府が国内企業を処罰することになる。しかし、常識的に考えて、合弁事業が成立すれば、技術移転が行われるのは当たり前の話ではないだろうか。
サイバーテロなどを通じて、狙った相手企業の技術を盗むような犯罪を取り締まるのなら意味があるが、今回の合意は企業間の合弁にともなう技術移転に国家の介入があるとの前提に立ったもの。言い換えれば、トランプ大統領が「見えない中国の影」に怯えていたことから生まれた非現実的な政策としか思えない。アメリカでも中国でも多国籍企業が活躍し、国家という縛りが過去の遺産になりつつある時代である。自国第一主義に囚われていては、大きなビジネスチャンスをモノにできないだろう。
アメリカの議会や保守派が求める「中国政府による国営企業への補助金制度の撤廃」とか「アメリカの安全保障を揺るがす中国のハイテク技術覇権政策の変更」などには、一切言及がない。当初は、トランプ大統領も、そうした分野での対中強硬策を模索したようだが、中国側の猛反発を受け、合意文書の調印は何度も延期され、首脳会談もままならない事態に陥ってしまった。こうした膠着状況を打開しようとしたのが、今回のホワイトハウスでのセレモニーであった。
結果的に、両国間に横たわる先端技術をめぐる覇権問題や構造的な産業補助金に関する認識の違いは「第二段階」に先送りされた。見過ごせないのは、米中間の覇権争いは決して貿易や通商の分野にとどまらないこと。次の時代の世界をどちらが主導するのか、国家体制の在り方を競う真剣勝負なのである。両者ともに簡単には妥協しないだろう。それゆえに、情報・心理戦も含め米中の競合は過熱することはあっても沈静化することはあり得ない。そのことを念頭に、日本とすれば、米中共倒れのもたらす津波に飲み込まれないよう、新興国とも連携し強固な防波堤を築く必要がある。
(了)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。関連キーワード
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