2024年12月24日( 火 )

世界を混乱させる新型コロナウイルスCOVID-19の感染力(4)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 「再選間違いなし」と思われてきたトランプ大統領の前途に暗雲が立ち込み始めた。新型コロナウイルスについて、トランプ大統領は「アメリカには世界最高の医療チームが健在だ。多少の感染者は出るかもしれないが、まったく問題ない」と豪語していた。ところが、カリフォルニア州、ワシントン州、テキサス州などで次々と感染者が発生。死者も相次いでいる。そして「トランプ・タワー」がそびえるニューヨークでも感染者が確認。とくに感染者の拡大が止まらないカリフォルニア州のロサンゼルスでは3月4日、ついに「非常事態宣言」が発令された。

日本の危機意識の欠如

 新型コロナウイルスの拡大は中東地域でも問題になっている。なかでもイランは感染者が2,500人に達し、死者の数は100人を軽く突破する勢いで、イタリアや韓国より深刻だ。致死率でいえば、中国をはるかに上回り、世界最悪である。何しろ、緊急医療対策の責任者をはじめ、7人もの閣僚が感染するという異常事態に直面している。290人の国会議員のうち、23人の感染も確認された。

 最も衝撃的だったのは最高指導者のアカトラ・アリ・ハメネイ師の諮問機関の議長を務めるモハマド・ミルモハマディ氏が感染死したことである。ハメネイ師の信頼が厚く、常に最側近として身近にいた人物の突然の死亡にイラン国内は騒然となった。さらには、「シスター・メアリー」の愛称で知られる女性の副大統領マスメ・エブテカール氏の感染も判明。問題は感染が確認される前日の閣議で、彼女はハサン・ロウハニ大統領のすぐそばに着席していたことだ。

 幸い、3月3日、「世界野生生物の日」記念式典に参列したハメネイ師に感染の様子は見られなかったが、両手に透明の防御手袋をはめていたのが印象的だった。事態を重く受け止めたイラン政府は世界を驚かす決断を下した。何と、「刑務所に服役中の囚人5万4,000人を一斉に仮釈放する」というのである。「狭い刑務所では感染が急拡大し、死者が急増するから」との理由だ。もちろん刑期が5年以上の重犯罪者は対象になっていない。「コロナウイルス特例恩赦」といえるだろう。

 加えて、イランでは革命防衛隊を筆頭に30万人の軍隊を総動員し、個別の家庭訪問を始めた。感染者を徹底的にあぶり出そうという作戦である。アメリカ主導の経済制裁を受けているため、イランでは医療品に限らず日用品も不足しており、マスクや消毒液の買い占めや高値転売が社会問題になっている。そのため、政府はこうした製品を転売目的で隠匿した場合には、「見つけ次第、死刑に処す」との緊急令を発した。

 こうした異常事態を受け、アフガニスタン、イラク、トルコなど近隣諸国はイランからの感染者の入国を恐れ、次々と国境を閉鎖し、航空便も運休となっている。COVID-19の発生源である中国はイランに在留する外交官、ビジネスマン、留学生を帰国させるためのチャーター便を派遣。イギリス政府も自国民にイランからの退去を勧告している。

 では、なぜイランでは感染が急拡大しているのだろうか。もちろん、中国との関係が深く、中国人の観光客やビジネスマンが多数押しかけていたことも関係しているだろうが、宗教的な背景がより大きく影響しているに違いない。今回、大量感染者が発生したのは中部のコム市であり、ここはイスラム教シーア派の聖地であり、連日、多くの巡礼者が訪れている。しかも、モスクの柱や壁に口をつけながらお祈りをする。

 政府は多数の人が集まる集会を避けるように勧告し、金曜礼拝も中止するよう指示しているのだが、宗教指導者からは「新型の感染症は悪霊に違いない。撃退するには皆で祈るのが最善の方法だ」と、政府の意向に反対。そのため、通常以上に、大勢の熱心な信者がコムのモスクに殺到。

 当局は消毒に必死になっているが、こうした熱狂的な巡礼者が後を絶たない状態では、事態の収束は見通せない。イランでは3月20日からペルシャ式の新年「ノウルーズ」が始まり、中国でいえば「春節」のようなかたちで、全国的な人の移動が加速する。感染の一層の拡大が懸念される。

 以上紹介したように、COVID-19の猛威はアメリカ、ヨーロッパ、中東を問わず、世界を飲み込もうとしている。香港では感染者のペットの犬にも感染していることがようやく確認された。これまでは人から人の感染で、動物への感染はあり得ないと説明されてきた。

 また、ウイルスは熱に弱いので、4月以降、夏に向けて気温が上昇すれば、自然に収まる、との見方もささやかれていた。しかし、赤道に近い、シンガポールやインドネシアでも感染は急拡大中である。現在、夏を迎えている南半球のオーストラリアやニュージーランドでも感染者や死者が出ており、そうした希望的観測は次々に裏切られている。

 にもかかわらず、日本での対応ぶりは「不要不急の外出は控えましょう」「小まめに手洗いをしましょう」「人混みは避けましょう」といった他人事のようなものばかり。安倍晋三首相が全国の小中高校の休校を要請したものの、300校以上は「従えない」との回答。さまざまな事情や理由はあるだろうが、危機意識の欠如は救いがたい。

 発生元の中国の習近平国家主席は当然だろうが、イギリスのボリス・ジョンソン首相もイランのハメネイ師、韓国の文在寅大統領ら各国の最高指導者たちは「今回のウイルスとの戦いは戦争と同じだ」との認識を示し、国民にも厳しい対応を求めている。日本はもっと世界の動きに目覚め、敏感に対応すべきであろう。

(了)

<プロフィール>
浜田 和幸 (はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

(3)

関連記事