今も収束していない福島原発事故~再爆発防止の応急措置が続く(後)
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元京都大学原子炉実験所助教 小出 裕章 氏
もはや過去の出来事のように言われている福島第1原発事故。しかし今でも収束しておらず、これ以上爆発が起こることを防ぐ「応急措置」が続いている。今、福島原発では何が起こっているのか。断片的にしか情報が伝えられていない放射能汚染の実態とは。これから日本はどうしていくべきなのか。福島原発事故の全貌と今後の展望を、元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏に聞いた。
コミュニティごと移住対策を
――福島原発事故の放射能汚染はどうなっているのでしょうか。
小出 事故で広がった放射能物質のうち、セシウム137の人体への影響が今は大きいと考えています。セシウム137は、はじめの半分になるまでの半減期が約30年で、事故から9年近く経った今も、8割近くが残るからです。
事故当時は偏西風が強く、発生した放射性物質の約84%が西風で海側に流れ、約16%が陸地に流れたと言われています。北西に流れたものは雨や雪で落下し、16万人以上に避難指示が出ました。福島の阿武隈山地と奥羽山脈に挟まれた阿武隈川の平野を南下し、関東地方に流れました。
法律では、一般人が受ける放射能は1ミリシーベルト/年以下と決まっています。私は原子炉実験所で放射線を扱うため、一般人侵入禁止の放射線管理区域で仕事していました。一般人ではない放射線業務従事者の放射線基準は、被爆のリスクが20倍高い20ミリシーベルト/年以下でした。放射能は目に見えませんが、実験していると知らないうちに放射能物質がついている可能性があります。放射線管理区域外に放射能物質が広がることを防ぐため、実験着や手足などが放射線測定器で4万ベクレル/m2以下でなければ、放射線管理区域から出るドアは開かないようになっていました。4万ベクレル/m2以上の放射能汚染物は、放射線管理区域から持ち出すことが禁じられていたのですね。
しかし、福島県の東側を中心に、東北地方と関東地方の、面積でいうと約14,000km2の土地が、一般人が入れないように厳重に管理された放射線管理区域の基準を超える4万ベクレル/m2以上の汚染を当時受けました(「文部科学省による、愛知県、青森県、石川県、および福井県の航空機モニタリングの測定結果について」、2011年11月25日より)。当時の航空機モニタリングの測定結果ではセシウム134とセシウム137が半々のため、理論上は今も半分弱の放射能が残っている可能性があります。
事故の当日、政府は「原子力緊急事態宣言」を発令しました。60万ベクレル/m2以上の汚染地域からは避難させましたが、60万ベクレル/m2を超えていなければ、法律上の被爆基準を超えていても避難させていません。数百万人以上を避難させるには予算がかかりますが、本来人を住まわせるべきではない場所に、政府の補助もなく一般人が住まざる得ない事態が起きていることが何よりも問題です。コミュニティごと移住させることができるよう対策をすべきではないでしょうか。
また、大量の被爆が危険だということはわかっていますが、100ミリシーベルト以下の少ない場合も、被爆量とともにガンなどのリスクが高まるという研究報告があります(ICRP-2007年勧告)。
広島や長崎の原爆を生き延びた被爆者は、爆心地から離れていてもガンや白血病、心臓疾患が多いとわかっています。戦後の米軍支配下の時は広島と長崎の米国原爆傷害調査委員会(ABCC)、後に(公財)放射線影響研究所で、戦後70年以上経った今も被爆者の日米合同の研究が続いているからです。
また、汚染地域では「除染」されて汚染は取り除かれた印象を受けますが、袋に入れてその場から持ち出しても放射能そのものをなくすことはできません。学校の校庭や道路など住んでいる場所から汚染土を持ち出しても限られています。汚染土が残る山林や河川敷なども生活の場所で、山に雨が降れば周辺から汚染が戻る可能性があり、安全になった訳ではないのです。フレコンバッグは約2,000万袋以上も積み上げられていて、保管方法が解決しておらず、環境省は汚染土を全国の公共工事に使うと決めています。
いずれ産業界は撤退原発の後始末のゆくえ
――福島原発、さらに原子力発電の将来をどう考えていますか。
小出 広島原爆のウラン約800gは死の灰となり街に降り注ぎましたが、原子力発電所を1年間運転するごとに広島原爆の1,000倍以上の核燃料(ウラン)からの死の灰ができます。原発ではこれだけの死の灰、放射能物質をどうしていくのかが問題です。
福島原発は将来的にどこかの時点で、石棺で封じ込める判断になるでしょう。東京電力は福島県に溶け落ちた核燃料を県外に運び出すと約束しています。国と東京電力がつくった事故収束に向けたロードマップは実現が難しく、方策を立てる必要があります。
原子力損害賠償・廃炉等支援機構理事長・山名元氏は、16年に石棺で被う提案をしましたが、福島県が反発したため発言を撤回しました。溶けた核燃料の福島県からの持ち出しができないとはいえず、作業が進まなくても進路変更ができないのではないかと考えています。おそらく30~40年は溶け落ちた燃料の搬出に向けて、原子炉を水で冷やす今の作業を続けるのではないでしょうか。
原発を推進する原子力基本法を廃止し、脱原発法案を国会で可決しなければ、原発再稼働は止められず、前には進みません。福島原発の事故は終わってはいません。事故処理などを含め原子力事業は採算が合わず、いずれ産業界は原発から撤退すると考えています。国が進めているからと舵を切っても、明るい将来が待っているとは限らないでしょう。
(了)
【石井 ゆかり】
<プロフィール>
小出 裕章(こいで・ひろあき)
元京都大学原子炉実験所助教。工学修士。1949年8月、東京の下町・台東区上野で生まれる。68年、未来のエネルギーを担うと信じた原子力の平和利用を夢見て東北大学工学部原子核工学科に入学。しかし原子力について専門的に学べば学ぶほど、原子力発電に潜む破滅的危険性こそが人間にとっての脅威であることに気づき、70年に考え方を180度転換。それから40年以上にわたり、原発をなくすための研究と運動を続ける。2015年3月に京都大学を定年退職。現在は長野県松本市に暮らす。著書に『隠される原子力・核の真実─原子力の専門家が原発に反対するわけ』(2011年11月/創史社)、『100年後の人々へ』(2014年2月/集英社新書)、『フクシマ事故と東京オリンピック』(2019年12月/径書房)ほか多数。『フクシマ事故と東京オリンピック【7カ国語対応】
The disaster in Fukushima and the 2020 Tokyo Olympics』
いまだに福島原発事故は収束しておらず、緊急事態宣言は解除されていない。福島原発事故の今を写した心を打つ数々の写真とともに、日本の向き合うべき現実と課題を伝えている。2020年5月下旬にはKindleをはじめ、各種電子書店での電子書籍販売も予定している(小出裕章著、径書房
2019年)。関連キーワード
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